第77話 死闘の末に
「ふーっ、ふーっ」
「はぁ、ふぅ、はぁ」
二人の息遣いは荒い。疲労と怒りと悲しみがごっちゃになって、彼女たちを蝕んでいた。だが、折れない。もう少し先にいる大型個体さえ倒してしまえば、群れを瓦解させることが出来るはずなのだ。
「なんで一番後ろにいるのさ!」
「憎たらしいですわ!」
こちらは、騎士団長と副団長が最前線も最前線で戦っているのだ。それを後ろから眺めているとは、大公令嬢に対して非礼にも程がある。
「ぶち抜くしかないね」
「忌々しいですけど、それしかありませんわ」
そんな二人の会話に割り込む者があらわれた。
「そちらが暴風ならば、こちらは槍の一徹!! 姫様、道を開きます! お行き下さい!」
凄く時代劇チックな、言葉が飛び込んできたのだ。
「狙いは大型個体なのでしょう。行ってください!」
「ラーラですの!?」
「ラースローラさん」
「問答は無用です。第6騎士団の精鋭たちよ、全力を持って忠義を示せ!」
時代劇というよりか、大河ドラマ的な台詞で、ラースローラが二人を後押しする。
そうした混乱の中、フォルテは瞬時に落雷のような道筋を見出した。オゥラくんでなければ、決して通ることの出来ない道を。
オゥラくんがうねる様な、跳ねる様な運動を見せる。定規で描いたような鋭角的3次元運動でもって、中型小型の獣を時には避け、時には踏み台にして、敵最後方を目指す。目標はただ一つだ。
そして、たどり着いた。所要時間は2分。
「取り巻きがウザイですわ!」
「ぶち抜ける!」
群がる小型獣に集られつつも、それでもオゥラくんは突き進む。甲殻獣の濁流を浴び、流石に騎体に傷を帯びながら、前へ出た。
「あと20」
「スラスターを全開にしてくだいまし! 制御は任せますわ!!」
「了解ぃ!」
オゥラくんが跳躍した。最初は斜め前方へ軽く、そして1頭の中型獣を踏み台にして、出力を全開まで上げる。傷だらけの騎体が飛翔した。
「全軍! これから大型個体を叩き潰しますわ!! もう少しですわ!」
空中からフォルテが叫ぶ。普段なら、もっと格好を付けた言い回しが出来たかもしれないが、今はそれどころではなかった。だがしかし、ソゥドを込めた声が戦域にいる者たちへ、意志と勇気を伝えた。
「聞こえたな、姫様の声が。遅れた我らが取り戻す時間は短い。挽回せよ!!」
ラースローラが喝を入れる。
「お嬢がやるぞ! お前ら、力を振り絞れぇ!」
クーントルトが自らをも含め、決意を共有していく。
大型個体に対し、空中からの攻撃に意味は薄い。むしろこちらが壊れかねない。だからフォルテは、敵の背中に着地した。
「うぉらぁぁ!」
背中に立った利点はもう一つ、甲殻の隙間が見えるからだ。ただし暴れる相手の上で力を載せられるか、それが勝負だった。フォルテとフミネには、それが出来る。やる。
「オトカタ攻ですわ!!」
両脚を開き、足裏で甲殻を握りしめ、腰を切り、肩から肘を内旋させる。すなわち「オトカタ」。普段は捌き技として使用するモノだが、フォルテはそこからさらに腰を落として、相手の甲殻の隙間に手首の穂先を捻じり込んだ。
『グギャバアアア!』
背中に50センチ程の穂先を突き立てられた、大型個体は叫び声を上げる。ここで穂先をパージして、そこに追い打ちをかけても良いのだが、今は損傷が惜しい。すかさず引き抜いた傷跡からは甲殻獣の血が大量に吹き上げた。動脈狙い、血抜き成功。甲殻猪の肉が大好物のフォルテならではの狙い場所であった。
オゥラくんはスラスターを軽く吹かし、大型個体の足元に軽やかに着地した。
「ここからは独壇場!」
「やりますわよ!」
怒りと痛みによって振り上げられた前脚が、オゥラくんに襲い掛かるも、軽く半歩引いた形で綺麗にスカされる。そんな苦し紛れの攻撃など、最速の騎体と強心臓の前には意味が無い。
「ふっ!」
フォルテの軽い吐息と共に、右脚と右肘が繰り出された。タイミングは前脚が着地した瞬間、すなわち。
ばぎぃぃん!
大型個体の左前脚は膝から反対側を向いていた。
甲殻獣とくに大型の倒し方は大きく2通りだ。タメージを蓄積するか、それとも急所に一撃をいれるか。当たり前だ。そして後者はそれが出来るだけの技量と力を持つ者が、それを成し得るのだ。
バランスを崩し、大型個体の頭が落ちてくる。オゥラくんはその身体の下に入り込む様に、大きく踏み込んだ。そこから背中側に力を載せて、左肩を突き上げる。左肩に付けられた無骨な突起が相手の喉に体重のカウンターになる形で叩き込まれた。
「見たか!」
「勝利ですわ!」
ずずんと大音を立てて崩れ落ちた大型個体の躯から這い出る様に、オゥラくんは飛び退った。
「大型個体討伐完了!!」
「わたくしとフミネが倒しましたわ。さあ、掃討戦ですわ。手柄を上げてくださいまし!!」
うおぉぉぉ!!
苦しかった戦場に歓喜の火が灯った。同時にそれは燃え上がり、壊乱する群れに襲い掛かった。
◇◇◇
「報告をお願いいたしますわ」
「第8騎士団、甲殻騎4騎大破、2騎中破。戦闘行動可能は5騎、だね。騎士に重傷者は無しだよ。歩兵は死者12名、重傷3名。戦闘可能なのは26名」
「全滅判定ですか……。死者12……」
「フミネ……」
フミネは涙をボロボロと流していた。以前のフォートラント行で戦死者は見た。だが、身近の一緒の部隊の、昨日まで会話して、知っている人が居なくなってしまった事実が彼女を打ちのめしていた。
「フミネ、立ち直れとは言いませんわ。それでも立ち向かえとも言いませんわ」
「ありがとうフォルテ。でもわたしはやるよ。関わっちゃたから、知り合っちゃったからさ」
「フミネ、大公令嬢として感謝いたしますわ」
「わたしからもご報告いたします」
第6騎士団長ラースローラからの報告だ。
「第6騎士団からは1個中隊を派遣いたしました。2個中隊は遠征に出ておりましたので、バラァトに駐留しております。まずは少数にて、さらには遅れましたことを心よりお詫び申し上げます」
「あなたの忠心は疑っていませんわ。来てくれてありがとう」
「お言葉、感謝申し上げます」
ラースローラはフミネと別の意味で涙を流していた。そして、報告を続けようとする。
「報告いたします!」
そこに大柄な馬に乗った兵士が突入してきた。
「第7騎士団伝令です。先行2個中隊が1時間後に到達予定です。指示を伺います」
「申し訳ありませんが、事後処理になりそうですわ」
「は?」
伝令兵が変な声を上げた。
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