第76話 暴風の騎士団
「主敵、甲殻猪!」
駆けつけてきた偵察隊の声が陣地に轟く。
「総数約7000! 中型500、大型……1!!」
「大型まで混じっているのか」
クーントルトが舌打ちをする。どうやら大型個体を中心とした群れが、そのまま移動してきたらしい。
「ゆっくり船で運ばなくて良かったね。陣地構築も間に合って良かった」
「バラァトからの使者はまだ戻って来ていませんわね。致し方ありません!」
フミネとフォルテが頷きあう。
接敵まで約10分。第6騎士団は間に合っていないが、ここで勢いを抑えないとバラァトが危ない。こちらは軍人ばかりだが、バラァトには一般人や他国人も多数出入りしている。街壁があるにしても、もしもがあり得るのだ。
「第8騎士団総員に告げますわ。残念ながら第6騎士団は会食に間に合いそうもありませんので、お残しを平らげて頂きますわ! 美味しいところはわたくしたちで総取りですわ!!」
うおおおぉぉぉ!
伊達にフィヨルトの騎士をやってはいない。甲殻騎8騎と40数名の随伴歩兵が対するは、7000の大型を含む甲殻獣の群れだ。戦力比など知ったことかと気勢を上げる。
「小型は間引く程度で流しても構いませんわ。騎士は一人につき中型を50は倒してくださいませ! 副団長は100ですわ!!」
「それで団長は?」
楽しそうに、クーントルトが聞き返す。
「中型100と、大型を貰いますわ。フミネ、新しい装備を考えておいてくださいな」
「りょーかい!」
「第8騎士団出撃! 全甲殻騎前進。随伴歩兵は小型を潰せ!」
フォルテとフミネの気軽なやり取りの後、副団長クーントルトの命により、騎士団が前進を始める。どっしりと構える6騎と、突出する2騎の内訳は言うまでもないだろう。
誰よりも速く、鋭く、オゥラくんが群れに切り込んでいく。
どんっ。
重たい音を立てたのは、中型の甲殻猪であった。オゥラくんの肘を貰ったそいつは、その場で崩れ落ち、更にそこに突っ込んできた後続の進路を塞いだ。一角が崩れた。
ごおぉぉん。
別の中型猪が後続を巻き込みながら後ろに吹き飛び、息絶えた。副団長クーントルトの駆る甲殻騎『ムスタ=ホピィア』の繰り出した甲殻槍が、捻り込まれた結果だった。もう一角が崩れる。
「行くぞ!」
「おおう!」
それを見届けた残り6騎が一斉にスラスターを吹かし、突撃をかけた。
◇◇◇
「くそっ! 姫様を最前線に立たせた上に、遅参とはっ!」
第6騎士団長ラースローラ・ジェイン・シュッタート女子爵は急いでいた。つい先日、第5騎士団との入れ替えでバラァト配置となったのだが、間が悪かった。バラァト北方に小規模な甲殻獣集団が発見され、2個中隊18騎をそちらに回していたのだ。
余裕を持たせたのが失策だったと、ラースローラは悔やむ。バラァトに残されていたのは1個中隊だけだったのだ。防衛を残そうにも、中隊を分割するのは余りにマズい。よって、北方討伐を終えた2個中隊が帰還するとの報告を聞いたすぐ後に、1個中隊を率いての出撃となってしまったのだ。
「第8騎士団は、姫様はどうか!?」
戻って来た偵察隊に問いかける。
「交戦状態です。情報交換は致しました。敵規模7000強。中型500、大型1です!」
不味い。第8騎士団は、増強中隊規模だ。それで大型を含む7000を受け止める? 無茶だ。ラースローラは頭を抱えたくなっていた。
「伝令! 伝令です!!」
「どうした!?」
「フィヨルタへ向かった伝令が、途上で演習中の第7騎士団と接触いたしました。こちらに急行しているとのことです!」
ここに来て、朗報であった。
「現在位置は?」
「大河の渡河作業中とのことです! 先鋒は5時間程で到達できるかと」
「良く知らせてくれた! 騎士団全速前進切り替え! 憂いを持つな。姫様を助け、事後処理は第7騎士団に押し付ける!」
「了解いたしました!!」
そして2時間後、急行する第6騎士団第1中隊は戦域の見える丘に到達していた。
「なんだ、あれは?」
ラースローラが息を呑む。随伴する者たちも同様だった。
「あれが、甲殻騎なのか? 兵士なのか?」
彼女たちの見たものは、戦場に吹き抜ける暴風であった。一歩として立ち止まらない。常に動き続け、敵たる甲殻獣の進路を歪め、その上で仕留めていく。騎士ならぬ兵士たちもスラスターを巧みに操り、突進する猪の目の前で跳躍をこなし、その上で小型の獣を屠っている。
「あれが第8騎士団」
誰ともなくが、呟いていた。フィヨルト歴戦の騎士たちを以てしても、いやだからこそ、異質な戦いを見て、畏怖を覚えていた。
だが同時に、動きを止めた甲殻騎もいた。
◇◇◇
開戦からすでに4時間が経過しようとしていた。
「7番、10番が擱座ですね。騎士は?」
「無事だよ。一度陣地に戻して、戦闘用意させている」
「ありがとうございます」
当初8騎で戦っていた甲殻騎は2騎が脱落していた。そして対岸から急遽呼び出した3騎も苦戦を免れてはいない。
「4番脱落だっ! 畜生!!」
これで3騎が脱落。残りは8騎。だがまだ相手には、中型が200以上残っている。なおかつ大型も倒せていない。
「死傷者はどれくらいですの!?」
「分からない。けど、多分数名は、もう」
クーントルトの苦い声が届く。土台、無傷での討伐など不可能な比率だったのだ。当然の損耗なのだ。だが、それを易々と受け入れる二人ではない。
「大型を倒しますわ!」
「指揮はクーントルトさんに移譲します。こっちは単騎で動きます!」
「了解だよ。やっちまってくれ!」
急加速と急減速、そして上下左右に無尽に動きながら、オゥラくんは大型個体を目指す。
もはや、全ての戦士たちが敵と味方の血にまみれながら、それでも戦っていた。吹き荒れる嵐の様に運動し、機動し、戦闘を続けていた。甲殻騎たちはすでに小型を相手にしていない。ただひたすら、中型獣を倒すために行動していた。
「全軍、お待ちかねの援軍だ!」
クーントルトの広い視野が、丘の上の援軍を見つけていた。
「まだまだやれるだろう!! 美味しいところを持ってかれるな! ここは我らの戦場だぞ!」
「おうっ!!」
後に『暴風の騎士団』と呼ばれる者たちの誇りと矜持が、そこにあった。
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