第75話 対岸にて





「騎士団長訓示!」


 翌朝、第8騎士団所属の全員が、駐屯地訓練場に整列していた。この内、8騎士と随伴歩兵40名程が渡河する予定となっている。


「状況は昨日の内に伝わっているはずですわ。ですので、これからわたくしたちがやるべき事のみを伝えますわ」


 訓練監督用に造られた簡易櫓の上で、フォルテが語る。


「大河を越えて、甲殻獣を狩る。それだけのことですわ!」


 騎士団員たちは凛とした姿勢のまま、フォルテの言葉を聞いている。


「ただし甲殻獣が来るのか来ないのか、またその規模もまだ不明ですわ。ですが、わたくしたちは常に備えなければいけませんわ!」


「では、作戦概要を副団長、フミネ・フサフキから」


 クーントルトがフミネに水を向けた。



「作戦参加騎体は8騎。1番と2番、6番から11番です。3番から5番はここに残り、周辺警戒です。ですが状況次第で渡河する可能性があることを忘れないでください」


「はっ!」


 騎士全員が声を上げる。


「ロンド村からのご厚意で、大河に6隻の船が配置されています。もう分るでしょうが、跳躍装備で渡河を行います。出来ますね?」


「はっ!!」


「当然、皆さんが出来ることは分かっています。普段の訓練通りにしていれば、何も問題はありません。先行する8騎は背嚢を装備、最低で3日間行動できるだけの資材を移動させます。随伴歩兵は両肩で16名。残りの30名はスラスター装備で、順次渡河を行ってください」


「はっ!!」


「村でも選りすぐりの漁師さんたちが操船をしてくださるそうです。息を合わせ、迅速な行動を期待します。飲み仲間でしょうから心配はしていませんけど」


 各所で笑い声が上がる。


「それとは別個で、すでに3隻が木材の輸送を始めてくれているはずです。重点防御は南東方面とします。半分背水の陣になりますが、それくらいでないと皆さんも手ごたえが無いでしょう」


 フミネお得意の煽りが入る。場が熱を帯びる。


「こちらに残った者たちは、周辺警戒です。今回の一件、人為的に引き起こされた可能性を否定できません」


 その言葉は重かった。バラァトの東南にてこのような事が出来る可能性がある存在。フィヨルト内部の者か、またはフォートラントである可能性を示唆しているからだ。


「第8騎士団の存在は公にされていますが、その装備については秘匿されています。相手の目的が、バラァトであれ、スラスターであれ、どちらにしても情報流出は少ないに越したことはありません」


 あくまで人為的災害であることを前提とした話であるが、警戒に越したことはない。


「ですが、渡河時、戦闘時は存分に性能を発揮してください。フォルテ」


 フミネがフォルテを促す。


「情報は大事ですわ。ですが、あなたたち精鋭と比較など出来るはずもありません。敵を殲滅し、生きて戻って、そして大宴会ですわ!!」



 おおおおお!!



「第8騎士団、総員行動開始。遅れるな!!」


 クーントルトの発令により、作戦が開始された。


 第8騎士団のデビュー戦が迫っている。



 ◇◇◇


「1番から順番にだ。オゥラくんが対岸についてから、30秒毎に渡河機動を行う!」


 クーントルトの大声が響き渡る。


「じゃあ、お嬢、フミネ様、手本を見せつけてやってくださいな」


「了解ですわ! では、第8騎士団。渡河開始ですわ!」


「了解!!」



 軽くスラスターを吹かしながら、早走り程度でオゥラくんが河岸に向かって直進する。敢えて桟橋ではなく、高台を選んだのは勿論距離を稼ぐためだ。そして、ギリギリの位置からオゥラくんが跳躍した。


 対岸までの距離は、およそ300メートル。その間に6隻の船が足場として用意されていた。均等ではなく、1隻目は遠目に、そこからはおおよそ40メートルおきになっている。そんな1隻目にオゥラくんが着陸、いや触れた瞬間にはもう、次の跳躍を開始していた。


 船への衝撃を最小限に抑え込んだ、繊細な跳躍だ。見守る騎士たちはその技術に瞠目する。ここまでのモノなのかと。


「とりゃあぁですわ」


「そいやあぁ」


 何とも気の抜けた掛け声であるが、裏腹に跳躍は止まらない、2隻、3隻と続けながらも、踏み台となった船は、小さな波紋を広げるくらいであった。


「あれって、船無くても、いけるんじゃ」


「俺もそう思った」


 あの二人ならやりかねない。そう思ってしまう騎士団の面々を後目に、遂にオゥラくんは対岸に到達した。全く危なげの無い結果に騎士たちはホッとするが、気を緩める訳にはいかない。今度は自分たちの番で、しかも大公令嬢二人に監視、もとい見守られている状況なのだ。査定が怖い。



「それじゃ、次はわたしが行くよ。現実的なお手本になるだろうから、良く見ておきな」


 クーントルトの優しさが身に染みる。


「変な表情するな。では2番、行くぞ!」



 ◇◇◇



 10分程後、8騎は無事対岸へと到達していた。幸い、踏み台となった船に損傷はない。ここから船は、40人程の人員の跳躍移動補助と、先行した3隻と併せて丸太の輸送をすることになる。


「背嚢解除。随伴歩兵は簡易陣地設営に入れ。順次後続を受け入れながら作業を進めろ!」


「甲殻騎は全周警戒ですわ!」


「騎士の皆さん、全部が終わったら採点表を渡しますので、楽しみにしててくださいね」


「フミネ様、士気が下がる様な事、言わないでよ」


「肩の力を抜くくらいで丁度よろしいのですわ」


「そうそう」



 2時間後、甲殻騎と随伴歩兵たちは、これまでの開拓経験を存分に活かし、簡易陣地を完成させた。驚異的速度であると言えよう。


 敵を流すように斜めに柵が設置された上に空堀が掘られ、2基の物見やぐらまで設けられている。現時点において第8騎士団は、フィヨルト最強の工兵集団とも言えた。


 今後、甲殻騎と随伴歩兵による臨時築城は、フィヨルトの常識となって行き、騎士たるものまずは工兵たれという、何とも言えない伝統が作られていくことになる。



「見えないね」


「ええ、ですが山火事は続いているようですわ。まったくの勿体ない」


「そうだね。来ると思う?」


「来ないに越したことはありませんわ。別にこの陣地が無駄になるわけでもありませんわ」


「だけど、来るんだろうね」


「ええ、もう来ますわ。森が騒いでいる」


 フォルテがマジモードに入った。フミネも目を細める。


「第6騎士団は間に合わないかあ」


「偵察部隊が戻って来たようですわ。降りますわよ」



 不本意な戦闘が始まろうとしていた。


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