第74話 動乱の予兆
「いいよ、どんどんやっちゃって」
「了解ですわっ!」
オゥラくんが森を駆け抜ける。もとい、飛び跳ねる。
その形状は以前と少々変わっていた。肩甲骨に付けられた筒状のスラスターは扁平型となり、先端は2枚の可動する甲殻で覆われている。更には、ふくらはぎにも同じようなスラスターが装着され、合計4本が現在のオゥラくんの噴進装備となる。フミネ曰く、スラスターは背中とふくらはぎだよねえ、ということだった。
「こりゃ参った。とても追いつけないよ」
副団長クーントルトがボヤく。
一度コツさえ掴めば二人の上達は速かった。フォルテが当たり前のように騎体とスラスターを自在に使いこなし、フミネはそれを受け止め、最小の負荷で操作する。オゥラくんは中型でありながら、フィヨルト最速の甲殻騎となっていた。
◇◇◇
「新型騎があと5日くらいで試験運用出来そうだって」
「それでは移動の準備をしなければいけませんわ」
「ご案内はお任せください」
第2騎士団長サイトウェルによってもたらされた手紙は、新型騎が完成間近であるという内容だった。ついでに、サイトウェルがここに居るという事は、ドルヴァ砦、フィヨルタ、そしてロンド村を横断する迂回路が、暫定ではあれ開通したことを意味していた。
ここは、第8騎士団駐屯地に建てられた騎士団本部である。木造2階建てで、新築されたばかりだ。木の匂いが香しい。この部屋は一応団長執務室ということになっているが、飾り気は皆無である。ちょっとオシャレなログハウスの一室のようだ。
「何にしてもご苦労様ですわ。お茶でも飲んでくださいな」
フォルテがそうしてサイトウェルを労う。当人は恐縮しきりだ。
「有難うござ」
どんどんどん!
これはノックと言えるのだろうか。強烈な音を立てて扉が叩かれた。
「何事ですの!?」
「お嬢!」
返事も聞かずに飛び込んできたのは、クーントルトだった。
「外に、いや屋上だ。来てくれ!」
「行きますわ!」
「行こう!!」
彼女がこのような態度を見せたことはない。よっぽどだと瞬時に判断した二人は、窓から屋根へ跳んだ。
「煙?」
「黒いですわね。山火事?」
「分からない、だけどあの方角は、ちょっとヤバいかもしれないよ」
「南東。山脈の根元ですか」
いつの間にか追い付いてきていたサイトウェルが言った。
「……あれが自然か人為かは今は関係ありませんわ。問題はそこに甲殻獣が居たとして、移動先ですわ」
「フォルテ?」
いつになく深刻なフォルテに、フミネも事態の重たさに気づく。そこに「ですわ、ですわ」言っている彼女はいなかった。
「南は海です。大河があるので西には向かい難いでしょう。川沿いに北上するかもしれません。その先は」
「バラァトかよ!」
サイトウェルの推測にクーントルトが叫ぶ。
山火事で東側から追われるのだ。南は海で論外。西は大河の河口が邪魔をする。ならば北だ。そこにあるのは大公国、東の玄関口、フィヨルト第2の都市バラァトだ。もしそれが本当の事になるのなら、甲殻獣の群れはここロンド村の対岸を通り過ぎる。
「フォルテ、指示出し!!」
フミネが叫ぶ。彼女は知っている。フォルテなら出来ると、知っている。
◇◇◇
「甲殻獣など来ないかもしれませんわ」
「フォルテ?」
「などという希望的観測などクソくらえですわ。当然最悪を想定しますわ」
「うんっ、そうだね」
「サイトウェル!」
「はっ!!」
「急ぎで申し訳ないけど、フィヨルタに急行して、状況を伝えてくださいまし!」
「承知いたしました!」
フォルテはまずサイトウェルに指示を出す。
「クーントルト! バラァトは今、第6騎士団でしたわね!?」
「はい!」
普段はぶっきらぼうなクーントルトだが、フォルテの圧に押されたか敬語モードに入っていた。
「使者を飛ばしてくださいな! 大公令嬢たるフォルフィズフィーナが全部の責任を負いますわ! 厳戒態勢を命令してくださいませ!! それともう一つ、策謀の可能性がありますわ。バラァト自体の警戒も要請してくださいませ!」
「承知しました!!」
「わたしたちは?」
フミネの問いに、フォルテが口の端を上げた。
「東岸に渡河して、防衛、殲滅。それがわたくしたちでしょう?」
「そうこなくっちゃ!!」
「それは良いけど、どうやって渡河するんだい?」
「そんなのはフミネが考えてくれますわ!」
「あはは、いいよ。第8騎士団なら出来るはず」
たった4人の会議が熱を帯びていく。
「それと、クーントルト。現地に詳しい狩人を探してくださいな。甲殻獣の情報が必要ですわ!」
「そちらも併せて、対処いたしましょう。いやぁ、お嬢。やっぱり付いてきて良かった」
「お目付け役として?」
「まさか、未来の主になるかもしれないお方を見れたんだ。最高ですよ。付け加える事なしだ」
「それは光栄ですわ。では皆さん。行動を開始してくださいませ。わたくしとフミネは村長に状況報告をいたしますわ」
「了解!!」
各々がすべきことに向けて動き出した。
◇◇◇
「確かに煙は見えますが、本当にそのような事が」
「気持ちは分かるつもりですわ。ですが最悪の事態に備えるのも、またわたくしたちの責務ですわ」
「村には3騎残しておきます。余程の事がない限りは大丈夫でしょう」
フミネは安心してくれと、村長にそう言った。
「では、たった8騎で向かわれるのですか?」
「そうです。そこでひとつお願いがあります。船を4、いえ5隻用意して貰いたいんです」
「8隻ではないのですか?」
「日本には八艘飛びなんて言葉がありましてね、まあそういうことです」
「……分かりました。用意いたしましょう。他に私たちに協力できることはありますか?」
「そうですね、南と西に偵察を出してください。こんな時に甲殻獣が出てきたら面倒ですので」
村長とフミネのやり取りが続く。
「フォルテも気にしていましたけど、あの山火事が人為的である可能性もあります」
「そ、それはまさか!?」
「バラァトからの『来訪者』は全て追い返してください。村と駐屯地全体の警戒は、第8騎士団の兵士を出しますが、村人の皆さんの協力も必要です」
「喜んでお手伝いさせていただきます。これまでの恩恵に報いたいと思います」
「ありがとうございます。明日には対岸に行きたいと考えています。船の準備は可能でしょうか」
「お任せください」
◇◇◇
「いいか、必要なのは情報だ。どんな些細なことでも構わない」
「分かっていますよ。何のために長いこと商売をしてきたと思っていますか」
バラァト某所にて、如何にもな会話が為されていた。
フィヨルトに、動乱の気配がやって来ていた。
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