第73話 開拓! ロンド村




 こーん! こーん! かあーん!



 森の中から、木を切る音が響いている。ここは件のロンド村南方側の森林地帯である。


 第8騎士団発足から約ひと月、それまでは村民200名程だった村は、今や南部方面開拓という建前の最前線だ。実際は新型甲殻騎の試験場を兼ねている。



 ◇◇◇



 そんな村に関係者を含めて100人程の兵士が現れた。しかもその中には、大公令嬢が二人、伯爵こそいないものの子爵やら男爵やら士爵やら、所謂やんごとなき方々が多数混じっていたのだ。当初、村長をはじめ村人たちは大いにビビっていた。


「報告は来ているはずですわ! わたくしはフィンラント大公家のフォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント。こちらは、義姉のフミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントですわ」


「驚かせてごめんなさい。別に村から何かを供出させたり、徴発などは行いません。それをフィンラント大公家として宣言いたします」


 力のフォルテと技のフミネ。二人の前口上は続く。


「わたくしたちがここに来た理由はご存じの通り、この村を起点とした南方開拓ですわ。全力を持って事に当たりますので、ご期待ですわ」


「同時に治安維持と食料調達も請け負います。駐屯地以外の村を広げた範囲だけ、全て農場にしますので、楽しみにしていてください」



 そうして、今、フォルテとフミネは木こり作業に精を出していた。オゥラくんが右腕の穂先を、大木の根元に突き込む。不本意ながら2撃目だ。



 ずどおぉぉん。



 伐採時間は2分であった。まあ二人が突出しているだけで、他の騎体は30分で一本くらいのペースで木をぶち倒していく。倒れた木は随伴兵士たちが手にした鉈でどんどん枝払いをして行き、長さ20メートル、太さ1メートルくらいの丸太を、二人がかりで運んでいく。


 ちなみに残された切り株は、クーントルトが肘を叩き込んで、削り屑と化していた。彼女もまたフサフキなのだ。


 フィヨルトの戦士は、同時に最強の工兵でもあった。唖然とするとともに、なんとも逞しい味方を見て、子供たちなどは大はしゃぎである。オゥラくんを始め、11騎もの甲殻騎が揃っている光景など、初めて見るのだから。



 作業の途中で現れた中型の甲殻猪をオゥラくんが一蹴し、兵士たちがそれをバラしていく。


「初日にお肉が得られたのは僥倖ですわ! みなさん、今夜は宴会ですわよ!!」



 うおおおお!



 すでに騎士団も村人もノリノリであった。フィヨルト気質はすっごいのだ。



 ◇◇◇



「腰だよ、腰。木を倒すのも、耕すのも、戦闘も全部腰! 腰入れな!」


 第1騎士団長改め第8騎士団副長、クーントルトが喝を入れる。


「うっす!」


 すでに村の面積というか人間領域は従来の5倍以上になっていた。森林破壊の末、デコボコになった地面の整地の方が余程面倒ではあったが、それでもまずは村から一番離れた場所に駐屯地を造成し、村の周りは畑として耕された。


 甲殻騎が巨大な鋤を括り付けて、畑起こしを行った。村にいた2頭の牛は役割を奪われ、遠い目をしていた。いつかツブされるんじゃないか?


 そして現在、これ以上畑を増やされても管理出来ないという事で、とりあえず村周りの開拓は完了された。今は村の全周を柵で囲む作業が急ピッチで行われている。甲殻騎によって、抉り込むように穴が掘られ、そこに兵士たちが担いできた丸太が突き刺される。さらには、その上にオゥラくんが飛び乗り、どんっと圧をかければ、立派な柱の出来上がりである。


「そろそろ天幕暮らしも終わりにしたいねえ」


「仕方がありませんわ。まずは村の安全、それが統治者たるものの基本ですわ」


「全然悪役っぽくないよ」


「今は種をまいている時期ですわ。時が来れば」


 ぐふふ、と悪い笑いを交わすフミネとフォルテであった。めっちゃ善政なのだが。


 やっている事と言えば耕作地を拡大した上に、襲ってくる甲殻獣は瞬殺され、肉になり食生活は格段に向上した。さらには、この世界での絶対肥料である甲殻獣の骨粉はすべて村に供与され、それ以外の素材はバラァトに回して換金し、食料やら酒になって帰ってきている。


 このひと月の間に行われた宴会は、実に7回。年に1回収穫祭りが行われるだけだったロンド村からしてみれば、もう毎日がカーニバル状態であった。


 空前の活況を見せる村に、バラァトの方からやって来ましたと言う『行商人』も何度か現れたが、村長はそれを完全に遮断し、追い返してしまった。森を迂回して駐屯地側に現れた『旅人』は丁寧に拘束され、今頃はフィヨルタ観光を楽しんでいることだろう。


 なにせ、ここの村人と駐屯している騎士団全員は、裏が取れているのだ。



 ◇◇◇



「やはりこうなったんだね」


「抜き打ちとは酷いですわ」


 父娘の会話である。


「事前に予告したら、無理して要塞を造りかねない気がしてね」


「ぐぬぬ」


 父義娘の会話である。


「まさか甲殻騎の集中運用が、ここまで開拓に役立つとは」


 同行していた農務卿は愕然としている。真面目な彼は年に一度は全ての村々を回っているのだ。


「失礼ながら農務卿、これは団長と副団長たちがいたからこそ出来たことです。例外としてお考えいただければ」


「そ、そうなのか」


「私も最強の騎士は最強の工兵足りうると、戦慄いたしました」


 農務卿と畑を案内していた騎士が、物騒な会話をしていた。


「ではどうすれば」


「そうですね、大型中型小型と適性にあった役割分担を与え、作業を効率化させるのがよろしいかと」


「詳しく聞かせて貰えるかな」


 実に建設的であった。その騎士が後の農務卿になるか否かは、まだ不明である。



「それで視察だけではないのでしょう?」


「ああ、トルヴァ砦からの裏道が半分程完了したようだ。サイトウェルが随分と張り切っていたぞ。ここまで来たら、褒めてやってくれ」


「吉報ですわね、分かりましたわ」


「それと土産を持ってきた。酒と嗜好品、その下に隠された試験用スラスター6本だ」


「それは素晴らしいお土産ですね。タバコはあります?」


 フミネは欲望に忠実であった。



「ふむ、耕作面積が4倍で肥料も問題なし。むしろ種籾の不足が問題ですな。これは急がないといけませんな」


 国務卿はソロバンを弾いている。



 その日の夜、大公夫妻と国務卿、農務卿を客として迎え、ロンド村史上最大の宴会が催された


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