第65話 甲殻騎が人型である理由
さらに10日が経過していた。
フォルテは『白金』の素材を使った大型甲殻騎の作成を望んでいたが、フミネはそれにストップをかけていた。ぶんむくれたフォルテであったが、フミネの考えを聞いてとりあえずは納得してくれたようだ。ちなみにオゥラくんは完全に修復され、しかも白狼素材を使って更なる性能向上に成功している。オゥラくん弐式改である。
「順調そうだね」
「楽しそうですわ」
とりあえず牧場の方は順調のようだった。責任者としては片腕を失い退役した小隊長が就任した。30代前半の女性で、既婚でもある。隻腕といっても、甲殻義肢によって日常生活は送られている。この甲殻義肢は甲殻騎の大元になった技術で、かのフォルフィナファーナが開発したものだ。
「こらー、お前たち、しっかりやれー」
「やってるよー!」
フォークで小麦の藁の山を作りながら、子供に声をかける牧場長は楽しそうだった。良い人選だとフミネは農務卿に感謝する。
甲殻牛や猪の赤ん坊も子供と言えるくらいにはなったようで、元気に走り回っている。一応今の段階では、人間を敵視する様子もない。このまま続けば、もしかするともしかするかもしれない。
◇◇◇
ゴトゴトと荷車が進んでいた。
「うーん、まだまだかなあ」
「これでもまだまだですか」
ファイトンががっくり肩を落とす。一応ドライヤー自体は完成していた。一人で動作できるように予め無の核石にソゥドを入れて、そこから風と熱の核石に甲殻獣の腱を使って力を流す形になったのだ。今では、ソゥド使いの中でも器用な者には運用可能となり、特に女性にウケている。それなりの値段を付けて、研究資金に回しているくらいだ。
フミネが満足していないのは、自分が全く使えないからではない。使えないのだけど。彼女はこれを温風発生器として捉えていない。動力化するのが最終目標なのだ。あ、いや、武装化も一応視野に入れている。物騒である。上手いこと言った。
「安定してないよね」
「そうですね。大きくなればなるほど、ソゥドの流れが雑になるというか、何と言うか」
「フミネねえさま、もういい?」
全長1メートル、太さ20センチ程の大型ドライヤーを動かしていたファインが言った。
「ありがと、ファイン。もういいよ」
「ごめんね」
「なんで謝るの、これは、コレが未完成なだけだよ」
「うん……」
そう言いながらファインが力を止めると、荷車はゆっくりと停車した。実はこれ、ここの所行っている、ドライヤーを推進力にしたらどうなるかという実験であった。例の奥にファイトンを入れるわけにもいかないので、ヴォルト=フィヨルタでも結構警戒厳重な訓練場が使われていた。と言うか、研究所に併設されている。
フミネが何かをやらかす可能性は満場一致で可決され、そういう場所が与えられたのだ。牧場については、こちらのダミーという意味合いすら持っている。もちろん牧場には各所にそれっぽくない程度に警備が配置されていた。間諜ホイホイだったらしい。
「でもこれだけでも凄いじゃないですか。荷車をこんな風に動かすなんて」
「まあそうだけど、ソゥドを使ってまですることじゃないし、馬だってあんな凄いのがいるんだし」
この世界の馬は強い。デカいのではなく強いのだ。大きさ自体は1トンくらいか、脚もぶっとい。まあそんな馬は日本にもいたけれど、問題はそのお馬さんがソゥドを使うのだ。その効果は絶大で、速くて丈夫で疲れにくい。軍用としては理想的だ。ただしよく食べる。
「今のところは、ドライヤーと寒い時の温風機くらいが関の山かなあ」
◇◇◇
話と場所は変わり、フミネはフォルテと話し込んでいた。
「素晴らしいですわ、まさに悪役的発想ですわ!」
「そこは天才的って言ってよ。まあ、日本の知識なんだけど」
最近のフォルテは、どうやら良い意味で『悪役』という単語を使っている節がある。大変よろしい傾向だとフミネは思う。闇は深い。
「それで、甲殻騎が人型っていうのはやっぱり」
「むしろそれを疑問に思うのが不思議ですわ」
二人の会話は甲殻騎ついての、答え合わせだった。
そもそも甲殻騎は、かのフォルフィナファーナとフミカ・フサフキが創り出した。その原型となったのが甲殻義肢である。最初は腕一本、脚1本から、その内両手、両足。そして、パワードスーツのような全身を覆うもの、実際にはプランだけでほぼ作成されなかったが、最後にかーちゃんことフミカのロボット知識によって巨大化されたのだ。そして『白銀』を打ち取った。それが甲殻騎士のルーツであり、人型以外を経由する余地が無かったのだ。
「理由はもう一つありますわ。想像が出来ないのですわ」
「そう聞いたけど。やっぱりそうなんだ」
「騎士は自らの身体とその動きを甲殻騎に反映させ、操作しますわ」
「だから人間以外の動きが出来ない」
「そういう事ですわ」
甲殻騎が人型であるもう一つの理由、それは操縦系にあった。完全思考制御型であるので、騎士が自ら動くかのようにしか動かす事が出来ないのだ。甲殻騎の関節は構造上、どんな方向にでも曲げることが出来る。だが出来ないのだ。人間に、自らの右腕の力だけで右腕を折れという様なものである。
「そっかあ、じゃあ、結構マズいなあ」
フミネは頭を抱える。彼女がこれからやろうとしている事は、イメージで操作する甲殻騎と馴染まないことがありありと想像出来てしまったから。
「どうしましたの?」
「いやあ、道のりは険しいなあって、そう思ってさ」
この事実こそが、『白金』ベースの甲殻騎製造に踏み切れない、フミカの悩みであった。イカロスの羽で人は飛べないのだ。
「ねえ、フミネ」
「なに?」
「とりあえずやってみましょう。それから考えるのですわ!」
「その考えは、無かった……」
何度も失敗するだろう。無駄な時間を使う事にもなるだろう。もしかしたら怪我をするかもしれない。だけど、フミネにはフォルテの心意気が、あまりにも美しく感じた。
フォルテは胸を張り、フミネは己が不明を恥じた。
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