第64話 とりあえずは、二つの計画
フォルテとフミネが『白金』を狩って帰還し、10日程が経っていた。
「きゃぁー、あはははは」
「うおおおお」
フミネの発案により、フィヨルタ近郊に造られた放牧場並びに厩舎である。フミネたちが出立する前には通達されており、それから約ひと月、簡素な建物と、甲殻猪、甲殻牛の赤ん坊が取りそろえられていた。
「グレッグさん、やるなあ」
その赤ん坊たちと、フォヨルタの子供たちが戯れている。子供たちが直接ミルクを与えて育てることで、人間は敵ではないと覚え込ませるのが目的だ。『金の天秤団』から自発的に名乗りを上げた連中が持ち回りでやっている。双子も結構混じっているし、フェンも楽しそうだ。
今のところ、大きな事故などは起こっていない。問題が発生するとしたら、多分2、3か月後くらいかなあ、とフミネは想像している。
この国に牧畜の概念はない。いや、馬や牛がいるじゃないかという感想もあるかもしれないが、馬は軍用で、牛は農耕用に育てられていて、そこの食肉の概念はない。フィヨルトの民にとっての肉とは、狩人や兵士が狩ってくる甲殻獣の肉が基本なのだ。そこに甲殻獣を家畜化するという概念が入って来たならばどうなるか。
「とりあえず、甲殻獣が大きくなる数か月は様子見です。予算はどうでしょう」
フミネは大公と対面していた。
「うん。先の遠征で得られた素材を、少しづつだが中央に流しているよ」
「2年以内に成否は見えます。ダメなら全部ツブして肉にしてください。ですが、上手く行ったならば、100年を超えて、この国の基幹産業になるはずです」
「そこまで先を見るのかい」
「ところで、雑穀は無いんですか? 特にトウモロコシとか」
「あ、あるな。馬や牛の飼料として」
「今のところはちょっとだけで良いですから、増産してください。甲殻獣家畜化計画には必須です」
「分かったよ。他にはあるかい?」
「わたしがずっと面倒を見れるわけでもありませんので、責任者が欲しいですね。後、子供たちにあげるお小遣いも」
「悪役聖女は優しいな」
「とんでもない。安い賃金で子供を労働させて、将来的にウハウハな生活を送るという、壮大な悪役っぽい計画ですよ」
フミネが悪い顔で笑う。大公は嬉しそうに微笑んでた。
「そういうことにしておくよ。責任者については農務卿に話しておこう」
「ありがとうございます。これで次に取り掛かれます」
「次があるのかな。穏便なので頼みたいのだけど」
「今はまだ穏便だと思います」
「本当に、頼むよ」
大公はため息交じりに言った。
◇◇◇
「熱の核石は一応確保できましたわ。小型と中型までですが」
「最初はそれで充分だよ」
ここは甲殻騎整備施設の一角である。フォルテが大公令嬢権限を持って、拝借した。当然上申はした。その名も『熱と風の核石を利用した各種民生用具開発実験設備』である。受け取った国務卿は微妙な顔をしていた。本当に民生用具で済むのだろうか。
「でもフォルテ、本当に私が所長でいいの?」
「発案者で、実現するのもフミネですわ。適任中の適任者ですわ」
「ん、ありがとう。それとファイトンくんも有難う」
「いえいえ、お嬢に頼まれて光栄ですし、それに楽しみです」
彼は『金の渦巻き団』のメンバーで現在16歳。軍にある甲殻騎整備施設の見習いである。なるべく柔軟な考え方が出来て、新しいモノ造りに興味を示しそうな人材ということで、フォルテが引き抜いて来たのだ。
「僕もがんばるよ!」
「わたくしもがんばりますわ!」
「うん。ファインとフォルンもよろしくね」
「というわけで、試作一号機です。仮に温風発生装置と呼称しましょう」
なんか責任者ということで、微妙に敬語っぽくなるフミネである。
「なにかもっと格好良い名前が良いですわ」
「まあ、それは追々考えようか」
「それでこれはなんですの? 名前を聞けば大体想像できますけど」
目の前の台座に固定されていたのは、一本の筒だった。細かく言えば、熱系の小型甲殻獣の腕を中空にして、二本を鉄の輪で繋いでいる。片方の端は閉じられ、もう片方には開閉式のフタが付いていた。
「前の筒には熱の核石、後ろの筒には風の核石が、ほら、そことそこにちょこっと見えるでしょ」
筒には1か所づつ穴があけられて、そこに核石が固定されていた。フミネの指示に従って、ファイトンが作成したのだ。製作時間は驚きの4時間。
「まず、ファインが熱を出して。あんまり熱くならない程度で調整ね。出来る?」
「もちろん!!」
「じゃあお願い」
ファインがソゥドを流す。熱の核石が赤みを帯びて輝きだした。段々と甲殻が熱を帯び始めているのが分かる。
「そろそろかな。じゃあフォルン、風をよろしく。最初はゆっくりね」
「わかりましたわ!」
今度はフォルンが風の核石にソゥドを流す。先端のフタがカタカタと音を立て始めた。おもむろにフミネが、そのフタを外す。
温風が噴き出した。
「まずは成功!」
「凄いですわ」
「やったあ!」
「やりましたわ!」
「なるほど、なるほど」
5名がそれぞれの表情で喜びを表した。
続けてフミネは、筒の後方に付けられたパーツをスライドさせた。吸気口である。
「さあフォルンとファイン。もうちょっとだけ力を込めて」
「うん!」
「やりますわ!」
ぶおぉぉぉ。
筒がカタカタと震えながら、激しい温風を噴き出した。熱の核石の出力が足りないのか、熱風とまではいかない。
「まあ、ドライヤーくらいにはなったね」
「どらいやー? なんですの?」
「日本では髪を乾かしたりする道具だね」
「つまり、ニホンの技術を再現したわけですの? 素晴らしいことですわ」
しかし道のりは遠い。二つの核石に二人を配置してソゥドを消費してまでやることかというわけだ。
しかもこれ、車輪の再発見だったりもする。ここまでは、色々な人々によって試されたのだ。そして闇に消えていった。ソゥドを無駄遣いした玩具と呼ばれ。
だが、フミネはこの先を見ていた。これを大型化して、一人で扱えるように出来れば、それは。
「ぐふふふ」
気色悪いフミネの笑みが、施設に響いた。周りは引いていた。
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