第54話 暴風!!




「殿下っ!」


「ん?」


「相手の評価を一段階、いえ、二段上げてください!」


「それほどなのか!?」


「くふっ、とてつもない、くひっ、相手です」


「お、おい、アリシア!?」


「ひひっ、あははははは!! これは滾ります!」


 普段とは全く違うアリシアに王太子は戦慄した。彼女がこのようになる時、それは相手が本物だということだ。そして、甲殻騎に乗る二人は、言葉を越えた一体感を持っている。これはフォルテとフミネも同様だ。


 焦りと歓喜。それが王太子にダイレクトに伝わって来くる。気持ちが同化して、王太子にまで影響を及ぼすのだ。


「そうか。ふははははっ! それほどか! 勝つぞ、アリシア!!」


「もちろんです、殿下! あはははははは!!」



「なんかあっち、盛り上がってない?」


「ええ。ああなったアリシアさんは怖いですわよ!」


「なんかさ、連邦の女の人って、こんなのばっかりなの」


「相手ながら、気合が入っていて、心地が良いですわ」


「うん、フォルテもそっち側だったね」


「大歓迎ですわ!」


「来るよ!!」


 王太子騎が一気に間合いを詰め、穂先を突き出してきた。さっきよりも一段と鋭さが増している。しかも狙いは操縦席だ。フォルテ騎が僅かな時間を回避動作に回す。穂先が空を切った。


「殺す気!?」


「信頼の証ですわ!」


「そういう信頼って、いらないって! なんで、わたしだけ置いてきぼり!?」


「でも、温まってきたでしょう?」


 フミネの両手が、これまで以上に輝きを強くしている。別に騎体の出力が上がるわけではない。ただひたすら制御が鋭くなっていくのだ。そして、その制御にフォルテの持つ膨大なソゥドが流れ込む。二人の心と身体に焼き付いた武技が、余すところなく発動する。



 ◇◇◇



「消えた!?」


「2時です! ふひっ! 回避ぃ!」


 一歩。たった一歩で、王太子騎をスカしたフォルテ騎は、すでに攻撃態勢を半分終わらせていた。踏み込みこそが、攻撃の起点だからだ。


 フォルテが狙うのは、さっきのお返しで相手の操縦席だ。避けてみせろと言わんばかりの攻撃が、繰り出される。右脚を踏み込んだ体勢から腰を沈めて、棒の様に固定された右腕が真っすぐに突き出された。


「おおああっ、ふははっ!」


「ふはは、ひゃあっ!!」


 何で相手はそんなに嬉しそうなのか、理解できないフミネであるが、それでも躱されたという事実は変わらない。追撃をって、そう簡単な手合いでは無かった。


 後ろにのけ反って攻撃を躱した王太子騎の左脚が、下から振り上げられつつある。フォルテ騎の股間を狙って。


「金的やめい!」


「下品ですわよ」


 両腕を交差させて受ける。さらに勢いを殺すように後方へと、飛び退いた。



「フミネ。関節は?」


「全部許容範囲。この子も結構頑丈だね。いい感じだよ」


「なら、いけますわね」


「うん。そろそろマジで。温まった?」


「どんとこいですわ!!」


 フォルテがさらに出力を上げる、フミネがそれを自在に操る。二人の身体が、ひとつの甲殻騎に合致する。


 全ての騎士の目標地点、フォルテとフミネもまだその頂の麓に到達したばかりだ。だが『人騎一体』、それを体現しつつあるのが二人だった。だからこそ特級を得るためにここまで旅をしてきた。


 騎体がブれるように、動き出す。緩急を付けている故に、幻惑を生み出しているのだ。



 ◇◇◇



「ねえ、クエス」


「ん?」


「もうアレ、両方とも特級でいいんじゃない?」


「……まあ、確かに」


 騎士団長令息と、その婚約者ヴァーニュの会話である。学院において、教官以外で唯一王太子ペアをあの状態に引き出すことが出来た二人だ。当然負けた。



「なあアレに勝てるか」


「分かんないけど、かなりマズいわね」


 こちらは当初対戦予定だった教官二人組である。ちなみにご夫婦で、娘さんが可愛いと評判だ。



「本当に甲殻騎なのか? 動きが速すぎるし、技もなんなんだ、アレ」


「なんか気持ち悪くなってきた。目が追い付かない」


 学生たちは離れた観客席から見ているにも関わらず、2騎の動きを追いきれないでいた。



「これはまた、かの者たちに勝るとも劣らない戦いっぷりだ。昔を思い出す」


 学長の思わせぶりな発言は、まだ見ぬ強者たちを匂わせた。



 ◇◇◇



 訓練場に暴風が吹き荒れていた。


 一つは嵐。もう一つはそれに抵抗する一艘だ。


 突風に晒された一騎は、とにかく捌く、躱す。一瞬の間どころか、同時とも思えるような動きで相手の攻撃をいなし続ける。


 風の元となっている一騎は、緩急自在に攻撃を加え続ける。この時点で攻守がはっきりとしていた。それでも王太子騎は諦めないし、フォルテ騎は手を緩めない。


「あはははは! 凄い、凄い!」


「凄いな。本当に凄いぞ、見直した。お前たちは強者だ。うわははは!」


「まだまだ、ですわ! ここからですわ!」


「なんなん? この人たち、って、うわっ!」


 突如繰り出されたカウンターを、ぎりぎりの見切りでフォルテ騎が躱す。


「今のを躱すかっ! 面白すぎるぞ! ははっ」


「わたくしとフミネにかかれば、造作もないことですわ!」


「本当に強敵です、くふっ、ふひっ!」


「だから怖いって!」



 決着はあっけないものだった。超速で背後に回り込んだ騎体が片手で胴を締め上げ、もう一方の手の先にある穂先を操縦席に付きつけた。詰みだった。



「はははは。負けたか!」


「ええ、わたくしたちの勝ちですわ!」


「あはは、あは、あひっ。でも凄く楽しい! ふひっ」



「いい加減そのノリ止めろし」


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