第55話 名誉士爵アリシア・ランドールのこれまでと、これから
「行ってしまいましたね」
「ああ、アリシアはどう思った?」
「怒られるかもしれません。だけど、とても楽しかったです」
「私は少しも楽しくないな。婚約破棄をして、初めてあいつとやりあって負けた。憎たらしい相手だよ。次に会ったらどうする?」
王太子は戦闘時のテンションが抜けきった後からずっと、苦い顔を続けている。
「負けません」
アリシアは楽しかった。多分、今までの人生で一番の楽しさだった。
当たり前のように左右騎士特級の証を得て去っていく背中を見て、アリシアはこれまでを振り返ってしまう。
◇◇◇
小さな頃から甲殻騎が大好きだった。ただ、ひたすらに格好良い、それだけで大好きだった。
貴族では5人に一人、平民では100人に一人と呼ばれる甲殻騎適性。それが発現するかどうかは分からない。分からないけど、アリシアは止まっていられなかった。ソゥドを高めるために、お小遣いを全部投げ込んで町道場にも通った。稼業の宿屋の屋根裏にある自分の部屋で、必死に勉強もした。
全ては騎士になりたいが一心で。
そして願いは叶った。貴族の一流どころにも劣らないソゥド量とその操作、ぎりぎりではあったものの、そこそこの一般教養でアリシアは王立騎士学院に入学した。
同期は凄いメンバーが揃っていた、その中でも特に注目されていたのが、王太子殿下と辺境大公令嬢フォルフィズフィーナであった。前者は当然王国の王太子として、後者は、冷徹、高慢、鉄血。そして膨大なソゥドとフィヨルトの戦士に良く似合うフサフキを身に付け、その武威を轟かせていた。
状況が怪しくなってきたのは1年目の中ごろからだった。フォルテの騎士適性が著しく低いことが発覚し、同時にアリシアはその逆に、とてつもない適性を示し始めたのだ。
「君がアリシア・ランドールかい?」
「で、でで、殿下!?」
「ああそうだけど、気にしなくていいよ。私は才能有る人を見下したりはしないから」
アリシアは気づいていなかった。では多くの、才能の無い人々を王太子がどう思っているのかを。平民であれど、分け隔てなく気さくに言葉を交わす王太子、そんな評判が王都中にばら撒かれた。
対してフォルテと言えば、騎士適性もないのに相変わらずの高慢、高飛車っぷりだ。だがその真実を知る者も幾ばくかはいた。高位貴族令嬢たちがそれだ。
フォルテが必死に左翼を求めているのは、誰しもが分かっていた。
「そこのあなた、左適性が高いそうですわね」
「は、はいぃぃ」
「相応の謝礼は渡しますわ。わたくしと合せてもらえるでしょう?」
「は、はいぃぃぃ」
不器用とかそういう話ではない。大公令嬢が下位貴族におもねるなどあり得ない。だからフォルテは傲慢に迫った。結果、上手く行かないばかりであったが、謝礼も払い、相手を悪し様に言う事も無かった。
高位貴族という立場と、相手の折り合いがそうなっただけの事だった。
「アリシアはフォルテをどう思う?」
「え? 必死に努力していらっしゃると思います」
「そうか、アリシアは優しいな」
両者の目線の先には左騎士を乗せずに、それでも必死に、ぎこちなく、不格好に甲殻騎を歩かせるフォルテの姿があった。それぞれの目に、彼女はどう写ったのか。
決別はあっけないものだった。戦技訓練中に起きた些細な事故と、騎士適性の低さ、そしてその性格を糾弾され、フォルテは学院を卒業していった。騎士の証を得られないまま。
◇◇◇
「アリシアさん、ちょっと」
狂乱バトルの後に、フォルテがアリシアに声をかけた。王太子が苦い顔をするが、それを頓着するフォルテではない。そんなフォルテはすでにいない。
「アリシアさんは殿下をどう思っていますの?」
「……わたしは殿下をお慕いしています。ちょっと歪んだ、あの方をいつしか愛してしまっています。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいですわ」
「立場はどうでもいいんです。正妃なんてとんでもありません。フォルフィズフィーナ様には申し訳ありませんが、わたしには重すぎます」
「わたくしと殿下の間にあなたが居たことは確かですわ。ですが、今この現状は殿下とわたくしの決断ですわ。貴女ごときが口を挟むなど、あり得ませんわ。それと今のわたくしは、とっても幸せで楽しいの。ましてやあなた方に勝てるなんて、最高の気分ですわ!」
どこまでも傲岸不遜。それが今のフォルテだ。
「ありがとうございます」
それに素直に礼を言える。それが今のアリシアだった。
「フォルテー、そろそろ行くよ」
「ええ、いま行きますわ!」
フィンラント一行が、訓練場を立ち去ろうとしていた。
「フォルフィズフィーナ!」
「なんでしょう、殿下」
「次は負けん! アリシアは最強の左翼なのだからな」
王太子が叫ぶように言った。
「あら、でしたらフミネは最高の左翼ですわ!」
「ふんっ!」
そうしてフォルテはアリシアに向き直った。
「次に相まみえる機会をお待ちしていますわ」
「ええ、その時は負けませんよ」
悪役令嬢とヒロインは笑みを交わした。
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