第52話 ソゥドインヒビター





 ごおぉぉん!


 重たい音を立てて、二人は激突した。結果、フミネは後ろへ弾き飛ばされ、ヴァーニュはその場に止まっている。結果だけを見ればヴァーニュの押し勝ちであるが、当人たちの思いは違った。


「押し切れない? いや、ソゥドが淀んだ!?」


「ふふ、ふははは!」


 いつの間にやら立ち上がっていたフミネが高笑いを発していた。


「何が起きた?」


「これがわたしの技の一つ。滅殺! ソゥドインヒビター!!」


 フミネの両手に嵌められた、例の指貫グローブグローブが蒼く、力強く蒼く輝いている。


「わたしの両手は、ソゥドを弾く!!」


 当然事前に用意していた言葉であった。そういうところ、フミネに抜かりはない。



 不可解な事に、フミネの指貫グローブは甲殻武装を受け付けなかった。ソゥドが通らないどころか、受けに回った場合、相手のソゥドさえ阻害してしまうのだ。故にインヒビター。なぜ、甲殻騎のみに圧倒的適性を誇り、武装では拒絶してしまうのかは、未だ不明のままだ。


 だけど、分かってしまえば活用できる。それがフミネの想いだ。


「じゃあ、それ踏まえた上で、もっかい行こうか!」


 フミネが飛び込む。ヴァーニュが突きを繰り出す。


「にょわあぁぁ」


 ヴァーニュの突き出しに合せて、フミネは正座のような姿勢から上半身を逸らし、刺突をかいくぐった。そしてぐいっと上半身を戻す。


「ちょいさあ!」


 正座の姿勢から上半身を戻す反動を利用して、ゴロゴロと転がるフミネ。あまりに予想できない行動をヴァーニュは飛び上がって躱し、フミネの行き先を振り返った。


 そこにいたのは胡坐をかいて、しかも背を向けているフミネだった。


「分けわかんないよっ!」


「芳蕗改・音背」


「フサフキ? オトセっ!?」


 ヴァーニュの台詞の終わりを待たず、そして振り返りもせず、フミネは後方、つまり相手に向かって低く低く背中を叩きつける。



 ◇◇◇



「何だアレは。アレが戦士の戦いとでも言うのか!」


 憤慨する王太子であるが、周りは相手にしていない。それくらい異質な、目の前の闘争から目を離せないのだ。自分ならばどう捌く。いや、どうする? それはもう、根源的な問いだった。


 傍から見ていれば、フミネがヴァーニュの周りを転げているようにしか思えない。だが、そこには、深淵な? まあ、当人たちにしか理解できない、深いやり取りがあるのだ。


「……さっき彼女は言いました。裏のフサフキ。つまりは別のフサフキ」


「なんとっ!」


 騎士団長令息が王太子に告げた。これは別物だと。その横ではアリシアが食い入るように、その戦いを見極めている。


「凄い……」


「あれのどこが凄いというのだ」


 こと、アリシアが絡むとセンシティブになってしまう王太子である。一瞬びくりとしたアリシアだが、それでも答えた。


「アーテンヴァーニュ様の間合いを測っているのだと思います。低い体勢を攻撃するのには、難しい武器ですので」


「なるほど……、考えてはいるということか」


「はい、ですがこのままではいつか。だから」


 そうアリシアが続けようとした時、局面が変化した。



 業を煮やしたヴァーニュが両手で骨を持ち、地面を突き刺すようにフミネに突き下ろしたのだ。そして、フミネはそれを待っていた。


「てんいむい、とはいかないなあ」


 両手を地面に叩きつけ、逆立ちするようにフミネの全身がヴァーニュの骨と腕に絡みついた。


「インヒビっ!?」


「そりゃ読めるよ!」


 ヴァーニュの腕に絡みついたフミネは、そのまま吹き飛ばされた。



 ◇◇◇



「ヤバい。強い」


 当初、フミネは特級を取れるとは思っていなかった。自分はフォルテの翼であればいいって、そう思っていた。だけど、ここまで来たら、やっぱり悔しい。それがフミネの偽らざる思いだ。そこに立ちはだかる大いなる壁。それがヴァーニュだ。


 思わずフミネの口先が上がる。笑ってしまう。強がりじゃない。本当に嬉しいからだ。


 ヴァーニュが勢いよく踏み込み、トドメとばかりに骨を突き出してくる。


「インヒビター! ついでに出来るか? 音形!!」


 ソゥド阻害効果を持った拳でヴァーニュの骨を受けつつ、さらに腕に捻りを加えて相手を跳ね上げる。だがヴァーニュは宙に浮かびながらも、笑っていた。



「わたしの負け、ですね」


「どうかな、わたしも勝った気がしないよ」


 ヴァーニュがまるで猫の様に空中で体勢を整え着地した瞬間、フミネの肘は相手の胴を、ヴァーニュの骨はフミネの首に添えられていた。



「茶番を! あの様な戦いが騎士のものであるものかっ!」


 王太子が吠える。それに同調する者も多い。だが、分かっている者たちの目は冷めたものだった。


「殿下。仰ることは理解出来ます。ですが、フミネ・フサフキは強者と、わたしは確信しています」


 ヴァーニュは堂々と王太子に意見した。


「戯言を言うか。アレのどこが強者か!?」


「畏れながら。戦ってみますか? 脚を折られて、腕を砕かれることになると想像出来ますが」


「……それほどなのか。そう言うのか」


 王太子とて、ヴァーニュの力は知っている。その性格も。だから、信じるしかない。


「はい。同期の中では、わたしとフォルフィズフィーナ様以外では、勝てないと、そう存じます」


「……俺も、なのか?」


 褐色に近い金髪を刈上げ、無骨な長身をもつ騎士団長令息、クエスリングが重たく聞いた。


「クエス。うん、多分勝てない」


「……そうか」



 ◇◇◇



「でさ。どうなるのこれ?」


「わたしは保証するよ。フミネは1級だ。だけど特級じゃない。わたしに完勝してから言う台詞だったね」


「うん、わたしもそう思う。ありがとう。相手がヴァーニュで良かった」


「照れるね」


「ははっ。悔しいなあ……」


 そこでフミネは大の字になって、倒れ落ちた。怪我などはないが、ソゥド的には満身創痍と言っても良い程の激闘だったのだ。



「最後の勝負。お昼ご飯の後でもいいですよね」



 それはフミネの心からの言葉だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る