第43話 お友達
「この度は、娘たちが本当にお世話になった。ありがとう」
そう頭を下げたのは、カークレイド・ゲート・クロードラント。クロードラント侯爵家当主その人であった。
村を早朝に出立して1日、一行は夕方には侯爵領、領都へと到着した。甲殻騎が当たり前に運用されるようになり、道幅などが改められつつあるが、完備はされていない。大抵の大きな街では、正門と裏門から領主邸や軍施設への道が広くとられている。今回は事情が事情だけに、裏門からひっそりと直接領主邸に到着したわけだ。
一行を出迎え事情を聞き及んだ侯爵は、メリアを筆頭にフォルテ、フミネ、ターロンズ砦の騎士、そしてケットリンテとその他を応接室に集めた。その上で先の場面である。
フォートラント側の人間がいる前で、侯爵が頭を下げるのは決して良いことではない。だが子煩悩であり、またケットリンテの心の傷を知る侯爵は、どうしてもそうせざるを得なかった。
「わたくしたちは、事が終わった後に偶然出会っただけです。感謝される謂れなどございません」
それに対し、メリアがフィヨルトを代表して言った。つまりはそういうことにしようと。
「それはまた、よろしいのですかな」
「一度言った言葉を覆したりはしませんし、今後も事実は変わりません」
「すまん、感謝する」
結局は公爵家の面子を立てると、そういうことだ。
「フォルテからは何かある?」
「そうですわね」
悪い笑顔でフォルテが考え込む、フリをした。とっくに決まっていたにも関わらず。
「口止め料を要求いたしますわ」
「口止め料!?」
思わずケットリンテが反応してしまう。フォルテがそういうタイプとは思えなかったからだ。
「とりあえず、そうですわ。甲殻熊の素材がありますので、そちらに相当する金額を所望いたしますわ」
「……うむ。わかった」
侯爵が答える。それくらいは当然であるし、口止めにすらならないものをそうしてくれたのだ。意外な穏便さに感謝すらしている。
「それと、もうひとつございますわ」
「もうひとつ?」
「わたくしとフミネは、ケットリンテさんとお友達になりたいですわ」
「なっ!?」
貴族社会では、これを素直な言葉とは受け取らない。友人になるということは、政治的な意味すら持ち得る。
「もちろん公言はいたしませんわ。わたくしは学院においてはライバルであり、昨日は共に戦った仲間として、今度は友人になりたいと、そう思っているだけですわ」
「……ケッテ、どう思う?」
侯爵は難しい顔でケットリンテに問う。
「その前に、フォルフィズフィーナ様は、本当にフォルフィズフィーナ様なのですか?」
ケットリンテの問いかけは、非常に哲学的であった。が、フォルテとフミネを始めとするフィヨルト勢に意味は通った。
「そうですわね、以前のフォルフィズフィーナは仮面を付けていましたわ。王太子妃としてのモノでしたわ。ですが、それが消えた今、仮面は砕け、元のフォルフィズフィーナに戻りましたわ」
「元の……」
「それだけではありませんわ。フミネが現れ、わたくしはさらに変貌を遂げたのですわ。今のわたくしは、悪役令嬢、フォルフィズフィーナですわ!」
フォルテが訳の分からない事を言い出した。
「それじゃわたしが誑かしたみたいじゃない」
フミネの抗議はフォルテに届かない。
「存分に誑かされましたわ! 責任を取って、最後まで付き合ってもらいますわ」
「りょーかい」
二人が悪い顔で笑いあう。ケットリンテは、なにか眩しいモノを見るような目になっていた。
「もし、お友達になってくれたら特典が付きますわ。何と、危機に陥った場合、友人であるから当然お助けいたしますわ。フィンラントの名を以てですわ!」
「くっ、くくくく」
思わず笑い声を漏らしたのは侯爵であった。
「誑かされたなどと、我が娘を今まさに誑かさんとする者の台詞とは思えないな。さてケッテ、どうするね?」
「……ボクは、なります。なりたいと思います。お友達に」
「そうか。フォルフィズフィーナ嬢、フミネ・フサフキ嬢。お願い出来ますかな」
「もちろんですわ」
「うん、大歓迎です」
今度は悪い笑みではなく、花の咲いたような顔で、二人、いや三人が笑いあう。
「以後は、わたくしの事はフォルテとおよびくださいですわ」
「私も一緒。フミネね。後、口調もいつもので」
フミネからしてみれば、ボクっ娘が敬語を使っているのが、そもそもおかしいのだ。寡黙系ボクっ娘は、そう。
「うん、分かった。ボクはケッテ。そう呼んで」
そうだ、そうこなくては、なのだ。
◇◇◇
翌朝、フィヨルトとフォートラントの合計4騎が出立しようとしていた。ケットリンテ、いやケッテは見送る側だ。だが、彼女の顔に曇りはない。為すべきことが見えて来ているから。
裏門にあたる街路では侯爵家の騎士たちが立ち並び、一行の見送りをしていた。
「なるほど、実に優美な騎体ですな」
「確かに、繊細と言う他はあるまい。あれで甲殻獣と戦うというわけか」
「噂の大公令嬢様の駆る騎体だぞ、獣どもに触れさせるわけもあるまい」
ボソボソと小さい声ではあったが、そこにはフォルテに対する明らかな嘲笑の響きがあった。そしてそれは、強化されたメリアとフォルテに届く。
オゥラくんが立ち止まる。
「そこの方々の仰る通りですわ。このオゥラくんは、優美、繊細、優雅。それらを全てかね揃えていますわ」
「貴様ら! それ以上っ」
侯爵の怒声は最後まで続かなかった。
「けれど、それだけではありませんわ。力強さ、強靭さ、素早さ、おおよそ甲殻獣を狩るに相応しい能力も兼ね揃えていますわ!」
フォルテの言に、一部の騎士がいやらしい笑みを浮かべる。
「なるほど、今後の大公令嬢様の活躍に期待いたしましょう」
これである。嫌味である。彼らにとって、フォルテとは辺境の蛮族の姫であり、騎士適性を得られず、今回やっとそれなりの左翼を得た、それだけの小娘であった。もちろん昨日の話し合いの上、彼らに甲殻熊打倒の真実は伝えられていない。例の騎士二人は沈痛な表情で、拳を握りしめ、押し黙っていた。
大公令嬢一行は、そんな声を気にもせずに通り過ぎた。なんてことをフォルテはしない。フミネもしない。
「なるほどなるほど、わたくしたちを繊細な細工と思われるなら、どうぞ試してみてはいかがでしょう?」
「模擬戦、やってみませんか。どうも、わたしたちは自分の力を把握しかねているんです。侯爵家の皆さんなら、それを測るのに申し分ない相手じゃないかなって、思います」
フォルテとフミネの発言に、微妙な煽りが混じる。ワザとだ。
「ですがフミネ、もしわたくしたちが強すぎて、侯爵家の騎体に傷を付ければ一大事ですわ」
「まさかフォルテ、先ほど大言を吐かれた皆さんだから、すっごい強いはずですよ。勉強させてもらいましょうよ」
煽る、そして煽る。もはや喧嘩を売っている状態だ。まあ、最初は相手の軽い嘲りから始まった事態だが、悪役たちはそれを見逃さない。
侯爵は片手で目を覆い、メリアは微笑み、侯爵家でも彼女たちの実力を知る騎士たちは青ざめ、砦から来た騎士は諦める。
悪役の独壇場。
「そこまで言うでしたら、是非、試技をお願いできますかな? 大公令嬢様」
ついに言ってしまった。
「もちろんお受けいたしますわ!」
「フィーッシュ」
フミネは小声で呟いた。
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