第42話 辺境の村で悪役ムーブ





「ケットリンテさん!?」


「フォ、フォルフィズフィーナ様」


 甲殻熊を倒した後、馬車の陰から侍女に守られるように現れた少女は、栗色の髪で、メガネの下に青い瞳を持つ背の低い少女だった。


「総員、周辺警戒ですわ!」


 そう言うなり、フォルテは飛び降りて、ケットリンテに歩み寄った。侍女が若干の抵抗を示そうとするが、ケットリンテは手でそれを制しながら前に出る。


「ありがとうございます。助かりました」


「構いませんわ。怪我はありませんの?」


「ええ、ボクは無事、です。だけど……」


 ケットリンテの視線の先には、二人の並べられた遺体があった。


「フォルテ、って、それ、うぐっ」


 フォルテの後を追って降りてきたフミネが、思わず口を押える。フミネにとって、初めての戦死者なのだ。無理もない。


「大丈夫、大丈夫ですわ」


 フミネの背中をフォルテが優しくさする。涙を堪えながら、フミネが何度も頷いた。


 そして数分の後、フミネは立ち直る。伊達に獣医学部5年目をやってはいないのだ。昨日まで可愛がっていた牛を解剖したことだってある。獣と人の差など、それほど大きくない。甲殻獣を狩っておきながら人間の死を見つめないなど、不遜にもほどがある。


 フミネはそう考えることの出来る側の人間だった。



 ◇◇◇



「見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントと申します」


「フミネ・フサフキ!?」


「後付けのフサフキじゃありませんわ。生粋のフサフキですわ」


 なんだか天然モノのマグロみたいな紹介だな、と思いつつフミネは笑顔を見せる。


「はじめまして、ケットリンテ・ジョネ・クロードラントです」


 無表情にケットリンテが返す。人見知りだったりするのだ。


「とりあえず、移動ですわ。ケットリンテさん、一番近くの集落はどちらでしょう。案内をお願いいたしますわ」


 空はすでに茜色になっていた。ここで野営するか、近隣の村へ移動するか、微妙なところだ。


「30分くらいのところに村があるから、そこに行くのが良いと思い、ます」


「分かりましたわ。オゥラくんで壊れた騎体を運びますわ。ケットリンテは左肩に、侍女の皆さんはそれぞれ後続の騎体に。馬は逃げてしまっているのですね。では馬車はフォートラントの方々でお願いしますわ。得物はこちらで運びますわ」


「了解いたしました!」


 フォートラントの騎士を置いてきぼりにフォルテがてきぱきと指示を出して、一行は移動を開始した。クロードラントの紋章の入った馬車をフォートラント側に運んでもらうのは、ささやかな気配りでもあった。


「それと、ご遺体ですが、こちらに保冷箱がありますわ。食料用で申し訳ありませんが、2日程度であれば大丈夫だと思いますわ」


 何が大丈夫だとは言わないが、食料輸送用の保冷箱には温度低下の効果を持つ核石が配置されている。フォルテがソゥドを通せば、暫くは低温を維持することができる。この運用はフィヨルトではマニュアル化されており、想定内の使用方法である。


「ありがとうございます。お気遣いに感謝します」



 ずうぅぅん、ずうぅぅん。



「あの、本当にフォルフィズフィーナ様、ですよね」


「フォルテで構いませんわ。わたくしは正真正銘あなたの知る、悪役令嬢ですわ」


「悪役令嬢?」


「後で、存分に語ってあげますわ」


 フォルテが口の端を吊り上げる。見事な悪役ムーブだ。


「わたしをダシにするの、止めてよ」


「あらあら、わたくしを悪役の道に引き込んだ張本人が何を言っているのでしょうか」


「ちょっとぉ!」


 楽しげにやり取りをする二人を見て、ケットリンテは思う。ああ、変わったんだな、と。


「ボクも変われるかな」


「どうしましたの?」


「なんでもありません、ごめんなさい」


「口調が固いですわ。もうお互い生死を乗り越えた仲ですわ。気安くおしゃべりしましょう」


「いいの、ですか?」


「勿論ですわ! いまさら学友に遠慮されるなんて、ごめんですわ」


「あり、がとう」



 ◇◇◇



 近くの村にたどり着いた一行は、村人たちの驚きと共に迎え入れられた。


「一泊だけお願いします」


 大領主たる侯爵令嬢が頭を下げる。


 ケットリンテはこの短期間の間に、様々な経験を積んだ。事実上の婚約破棄。領地視察と共に甲殻獣に襲われ、護衛の死を見た。村人たちの対応も。そしてフォルテとフミネを。


 彼女の心の中で、何かが目覚め始めていた。



 フォルテは保冷庫から出された食料を村人たちに配り、代わりに酒を出してもらった。ついでに甲殻熊も捌き、軽い宴会を催すことにしたのだ。静かに、追悼の意味も込めた宴である。


 あからさまに高貴な人々を迎え入れた村人たちは、静かなものだった。だが酒の勢いもあったのか、次第に高揚した雰囲気となっていく。少し経ってから歌声が聞こえ始めた。この村に伝わると言う鎮魂の歌だ。静かで寂しげだが、亡き人を愛し、送り出すという歌詞であった。


 それに応えるように、今度はフォートラントの兵士達が国歌を奏で始めた。本来はアップテンポに勇ましい歌詞が乗るのだが、今回はゆっくりと荘厳に歌い上げる。いつの間にか村人たちも一緒になっていた。


「そろそろかな」


「なんですの?」


「いやね、あっちで子供たちがちょっと、ね」


 フミネの視線の先には、端っこでひと塊にされている子供たちの姿があった。大人に言いつけられたのだろう、しょぼくれて大人しい。


「いけませんわ」


「そうだね。だからさ」


 フミネがフォルテに何事かを吹き込み、ケットリンテへの対応を任せた。



 ◇◇◇



 フォルテがケットリンテの許可を得ている間に、フミネは子供たちに話しかけていた。


「だからね、ごっこ遊びをしよう」


「いいの?」


「いいよ。楽しくやろうね」


「うん!!」


 フミネもちょっと楽しくなってきた。子供たちを楽しくさせるには、大人が本気で楽しくならなきゃ通じない。そういうものだ。


「皆さん、宴の途中にごめんなさい。フォルフィズフィーナ様のご提案で、余興として子供たちと演劇を見せてくださるそうです」


 ケットリンテがそう言うと、場がざわついた。こんな空気の中でいいのか? そんな感じである。


「皆さんが気を遣ってくださっているのは分かります。けれど、子供たちに我慢をさせるのも可哀想だとも思います。しんみりするのは、ここまで。そろそろ明るくしても良いでしょう」


 こんな辺境の村で、これほどの食事が出来、これほどの貴人が集まる宴など滅多にある事ではない。そんな宴がしんみりと終わるのはよろしくない。それがフミネとフォルテの考えである。そしてそれをケットリンテは見てみたいと思った。


「では、始めますわ! 題して、えっと、フミネ?」


「恐怖! 悪役令嬢と悪役聖女! 子供たちは村を救えるか!? 始めます」


 この世界において、異端中の異端な物語が始まった。



「ふはははは。この娘を助けたければ、この悪役聖女の言う事を聞くが良い!」


「えーん、たすけてー!」


「ひきょうだぞー!!」


「そうだ、ひきょうだー」


「当然ですわ、悪役は卑怯なのですわ。そうですわね、この娘を助けたければ、上着を差し出していただきますわ!」


「なんだってー」


「わたしは、下着をいただくわ。それであなたたちは、すっぽんぽんよ!」


「ずるいぞ!」


「わるもの!」


「じゃあ、この子がどうなってもいいの? あなたたちに勇気はあるの?」


「悪役を倒すのは正義の剣ですわ。悔しかったら掛かってきなさいですわ!」


 悪役メインのヒーローショーであった。主人公はちびっ子たちだ。


「えーい、リミをはなせー!」


「いくぞー、みんな!!」


 ちびっ子たちが、フォルテとフミネに襲い掛かる。


「ぐわあああああ」


「何という威力、ですわ!?」


 もちろん、彼女たちが自ら後ろに飛んだだけだ。フォルテは後方宙返りから着地、フミネは迫真の演技でゴロゴロと転がった。ガチである。そうして、人質リミは解放された。だが、まだ悪役は終わらない。負けられない戦いだってあるのだ。


「負けるものか」


「そうですわ、まだ負けてはいませんわ」


 子供たちに襲い掛かる二人は、しかし多人数による迎撃を受けてしまう。


「うわあああ、ってか痛い、マジで痛いの混じってる」


「ほんとですわ。何か本気で痛い拳がありますわ」


 寒村ではあるものの、幾人かのちびっ子にはソゥドが宿っていた。将来有望である。


「参りましたわ。許してくださいですわ」


「ごめんなさい! 負け、負け、いやホント痛い」



 いつしか村は温かい笑いに包まれていた。


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