第44話 チンピラに絡まれた主人公のすること
「あー、それでは、模擬試合を行いたいと思う」
クロードラント侯爵の何とも微妙に情けない声が、訓練場に響く。
「始める前に、再度、もう一度確認しておきたい。決して大きな損害などを与えない、正々堂々とした戦いを期待する。小破は勿論、大破などもってのほかである」
再度、もう一度と、同じようなことを言ってしまう侯爵であるが、それもまた仕方がない。なにせ侯爵家の一部の者たちは知っているのだ。フォルテとフミネの操るオゥラくんが、中型の甲殻熊を一撃で沈める事が出来ることを。
すなわち侯爵は諦めた。後はどれくらい損害を抑えられるか、そちらに考えをシフトしたのだ。出来うる限り穏便に済んでくれ、それが侯爵の偽らざる本音である。
だが、そんなものをぶち壊すのが、例の悪役二人である。そこに容赦などはない。
「クロードラント侯爵家の騎士のお力、とてもたのしみですわ」
「そうだね、すっごい強そう!」
「ですが、これも勉強ですし、試練でもありますわ。わたくしたちも全力を尽くしましょう」
「うん、勝てるかどうか分からないけど、精一杯頑張ろうね」
これである。
熊殺しが何をほざくかと、侯爵は叫びたくなるのを必死に抑え込んでいた。そこで考える。彼女たちフィヨルト勢は何を考えているのか? ここで武威を見せて、それがどういう意味を持つのか? それが分からない。まさか、クロードラントをフィヨルト側に引き込もうとしている?
もちろん、大した意味はない。二人はただ悪役ムーブをしているだけだからだ。
『神様がダイスを振っているかどうかなんて、分からない』
フミネの言葉である。だったら地上に張り付いた自分たちが、未来を予測する? しても構わないし、先を読むのは上に立つものなら当たり前の考えだ。同時にそれは危うい。神ならぬ者の予測など、それに拘泥し、違えた場合の被害は甚大なものになることだってあるのだ。
とまあ、それっぽい理屈を付けて、それならば自由に振る舞うべしという信念の基、フォルテとフミネは動くのだ。フリーハンドを与える大公とお妃もどうかしている。
「狂人なのか?」
ぼそりと侯爵が呟いた。対象はフォルテではない。フミネだ。聞けば、つい最近降臨したと言う。
200年前に現れたという伝説の聖女。『暴虐の聖女』、『最初の左翼』。フミカ・フサフキ=フィヨルティア・ファノト・フィヨルト。それによく似た名前を持つ自称悪役聖女、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント。この類似性を考える。
ところがどっこい、フミネは狂人ではないし人格破綻者でもない。時々怪しいが。
ケセラセラ。読めない未来は深く考えず、フォルテと一緒に突き進む、それが今のフミネだ。この世界に降りてきた時とは一味違う。自分を必要としてくれた人間と一緒に羽ばたくという、その一点において、フミネはブレない。
「フォルテ冗談はここまでにておこうよ」
「そうですか? もうちょっと演じていたかったですわ」
まあこれ以上、侯爵を虐めても仕方ない。ネタバレした。
「ごめんなさい! 冗談が過ぎました、だけど」
「先にわたくしたちを侮辱したのはそちらの方ですわ。それを忘れてもらっては困りますわ」
「貸し一つ、ですね」
「そうですわ」
◇◇◇
それはもう深い深いため息をついた後、侯爵は開始の合図を出した。
「それでは、始めっ!」
かつん。
「は?」
「へ?」
オゥラくんに相対した騎士二人がマヌケな声を上げた。
すでに動作を終え、静止している騎体はオゥラくんだ。踏み出した右脚と共に、右腕に装備された穂先が、ほんのわずか相手の下腹部、すなわち核石の設置された箇所に当てられていた。
「まずは一本」
「ですわね」
「イッポン?」
聞き慣れない単語に侯爵が首を傾げるも、勝負は決した。オゥラくんがただ一歩踏み込んで勝負はついたのだ。侯爵は深く安堵する。
「わたくしが適性無しと判断され、フィヨルトに逃げ帰ったとでも思いましたか? まあ、それは事実だから良いですわ」
「だけど、小娘二人だからといって、ちょっと舐めすぎじゃないですか?」
「ここはフォートラントでも西域の守りの要。たとえ小型の甲殻獣にも油断はしてはいけませんわ。その気風が見当たりませんわ」
ちなみに小娘二人は18歳と22歳で、ここでは十分成人年齢である。というか、22歳未婚は結構マズい。
いや、現在の問題は再びの煽りの方だ。
「ではもう一本いきますか」
「今度はそちらが先に動いてかまいませんわ!」
どうやら続きがあったようだ。
「なっめるかあああ!」
「うおおおおお!!」
相手の騎体が突っ込んでくるも、オゥラくんが彼らの視界から消える。下だった。地面を舐めるような前傾を伴う踏み込みから放たれた左肘が、相手の操縦席目の前で寸止めされる。
「良い感じですわ」
「うん! 大分こなれてきたね」
訓練場を取り囲む観衆は、すでに言葉も出ない。今戦っている騎士は公爵領でも10指に入るのだ。それが、こうも容易くあしらわれている。
「さあ、もう一本いきますわ」
「ばっちこーい」
捌く、躱す。膝で、肩で、背中で、明らかな致命傷を与えていく。際限なく同じような展開がくりかえされる。
いつしか、相手の騎体は膝をついたまま、立ち上がらなくなっていた。心が折れれば、甲殻騎は動かない。
「良い鍛錬になりましたわ!」
「ありがとうございました!!」
ひるがえり、爽やかな汗をちょっとかいただけの二人であった。
◇◇◇
一行は立ち去った。後に残るのは爽やかな風であったのなら、物語的には素敵だったろう。だけどそうではなかった。暴虐な熱風が吹きすさび、そこには侯爵家の騎士たちの挫折と向上心だけが残されていた。
「巨竜が立ち去ったということか。これからどうなるのやら」
「うん、楽しみ」
「違うだろう!?」
侯爵の呟きに、どこか嬉しそうなケッテがいた。
「なあ、まさかあれに着いていこういうのか?」
「うん」
侯爵の悩みは尽きない。
まあ、何にしても、熱い暴風は去っていったということだ。
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