第18話 自分で狩った甲殻牛は美味しい




 フミネがオゥラくんを立たせて大騒ぎになったその後、訓練場に侍女長ロクサーヌを引き連れた大公が現れた。



「フミネ殿がとんでもないことは良く分かった」


「酷い言い方をしないでください」


「ははは、すまんすまん。だがこれは、ますます君の存在を明かす機会は見計らないといけないな」


「そんなにマズいですか」


「まあそうだね。だが、もう夜だ。夕食にしよう。特に今日はフォルテと君が狩ってきた、甲殻牛尽くしとなるな」


 暗い話は食事の後でという事だ。大公の気遣いがフミネに沁みる。


「うおっ、モンスター飯ですね」


「もんすたー?」


「ああ、いえ、甲殻飯ですね」


「うん、そういうことだ」


 大公がにっこりと笑う。娘と客人、いや娘の片翼が狩ってきた食材だ。さぞや美味しいだろうと、表情が語る。


「そうですわ。美味しいに決まっていますわ」


 フォルテも便乗した。


「うん、楽しみ」


 だから、フミネもそれに応えることにした。まあ、重たい話は食事の後だ。一行は隔離区画の食堂へと向かった。



 ◇◇◇



「さあ、それではフミネ殿の歓迎の晩餐としよう。そこにフォルテとフミネ殿が収穫した肉が並ぶのも一興というところか。ようこそフミネ殿。そしておめでとう、フォルテ」


「ありがとうございます」


「ありがとうございますわ」


 そうして晩餐が開始された。とは言っても少人数ではある。大公、お妃、フォルテ、双子、そしてフミネの計6名。あとは、いつの間にかやってきていた執事長と侍女長、少数の給仕くらいなものだった。事情が事情だけに仕方ないが、フミネにとってはこちらのほうが落ち着くくらいだ。


「美味しい!」


 パンとサラダとワインと、そしてデカいステーキ。甲殻牛のものである。味付けは申し訳程度の塩コショウ。後はシチューにも肉が投じられていた。


「ソゥドの力を感じますわ!」


「そうなのっ!?」


 肉から味と栄養以外のものを感じるフォルテに、フミネは驚愕する。そういえば、力がみなぎるような。本当か?


 それからは、愚にもつかない会話がなされた。フィヨルトの普通の生活だとか、フォルテと双子の間に弟がいて、彼は中央の王都にいるのだとか。フミネからは、日本での生活や、家族構成、特に長女にして先代聖女、文香についてはやたらと聞かれた。



 ◇◇◇



 そうした晩餐も終盤を迎え、会話が少し途切れた時に、大公が表情を変えた。


「ここにいる皆には、しっかりと現状を理解しておいてもらいたい。ファイン、フォルンはもとより、セバースティアン、オクサローヌ。お前たちもだ」


 全員が身を引き締めた。静かに聞く体勢に入る。


「まずはフミネ殿に状況説明だ。簡単には知っているだろうが、フォルテは連邦王太子と婚約していた。これは、完全に完璧に異論の余地もないほどに政治的婚約だった」


 大公の発言から強い憤りが、迸る。


「中央と辺境との結びつき。とくにフィヨルトは350年以上前から王族血を引きし初代様が造り上げた国だ。よって、婚姻により両者との繋がりを確たるものとする。それが陛下が提案し、私が承諾した婚約の実態だ。フォルテには本当に済まないことをしたと思っている」


「いいえ、お父様。必要な事と思われたのはわたくしも同じですわ。ですが……」


 フォルテがこれまでに見せたこともない苦い顔をする。


「いくら宰相に誑かされたとは言え、あそこまで愚かな決断をくだすとは思いませんでしたわ」


「まったくだ。怒りを禁じえん」


「ですが、わたくしにも落ち度があったのは間違いないことですわ」


「フォルテ!?」


「わたくしに甲殻騎士適正がなかったのは事実ですわ。そして、わたくし自身の性格も、ですわ」


「そんなことはない! お前の性格に何の問題があろうものか」


「いえ、そうではありませんわ。わたくしは、出来ない事があれば出来るようになるよう努力するのが当たり前と考えてしまいますわ。もちろん他者にそれを強要することもありませんし、そういった方々を卑下もしませんわ。ですが、殿下にはそれが窮屈だったのでしょう。だから、アリシア嬢に惹かれたのかもしれません」


「あの平民か……」


 大公の発言は決して平民を卑下するものではなかった。ただ、彼女さえいなければ、という思いもあったのは事実だ。


「お父様とはいえ、アリシア嬢を非難することはゆるしませんわ」


 決然とフォルテが言い放つ。


「彼女は、甲殻騎が大好きですわ。努力をしていましたわ。わたくしを大公令嬢ではなく、共に研鑽する相手と見てくれましたわ」


 フミネの心が跳ねる。それはもしかすると嫉妬心かもしれない。だからフミネは心を静める。そんなのは格好良くないからだ。


「それにお父様。謝罪しなければならないことがありますわ。わたくしは、正直に申しまして、婚約が破棄されたことを嬉しく思ってしまっていますわ。そして今日、フミネに出会えたことで、その喜びが膨れ上がってしまいましたわ」


「そうか、そうだったか」


 安堵とも、苦悩ともつかない微妙な表情をする大公だった。


「先ほどフミネは、私の左翼になってくれると言ってくださいましたわ。だからわたくしは、フミネに恥じない右翼となりますわ。そうして二人で飛び立ち、フィヨルトを守り、大きくしていくことを誓いますわ!」


「わたしも努力して協力します。わたしは知らない世界にやってきて、初めて出会った人がフォルテで良かったと思っています。ほんとうです」


 フミネとフォルテが見つめあう。だが全然百合っぽくない。どちらかというと、共に世界を乗っ取ってやるみたいな凶悪な共闘関係に見える。二人以外の皆が、ヤバくないかこいつら、という印象を抱いた。


「そ、そうか、それは良かった。フミネ殿には深い感謝を」


「いえ、ご飯も美味しかったです」



 ◇◇◇



「ここまでは良いだろう。いや、とにかく良かった。問題はこれからだ」


「戦争には反対いたしますわ」


 フォルテが言い切った。当然ここにいる誰もがそう思っている。今は。


 王都からの伝令で、婚約破棄を知らせられたときは、逆に全員が燃え上がり、戦じゃああと戦国時代みたいなノリになっていたわけだが、フォルテが諫めてなんとか落ち着いたという状況だ。


「たしかにここで戦をしても意味は無い。しばらくは様子見だな」


 無難な回答をする大公。だがやはり、面白くはなさそうだ。


「とりあえず、セバースティアンとオクサローヌは、ヴォルト=フィヨルタ内外の掃除と配置転換だ。どれくらいかかる?」


「10日ほどはいただきたく思います。どれを残すのが有効か、検討が必要です」


 つかりは、中央からの間諜をどれくらい間引くかという話だ。あまり大々的にやりすぎるのもまずい。婚約破棄騒動を受けて、見せしめくらいでとどめておく必要がある。


「フミネ殿の存在を、いや特性を、知られるわけにはいかない。心してかかれ」


「は」


「かしこまりました」


 セバースティアンと、オクサローヌが頭を下げる。


「後は421中隊だな」


「あら、今は第4連隊ですの?」


「ああ、この春から入れ替わった」


 フォートラント連邦中央からは、各連邦国に駐在部隊を派遣している。名目は予備戦力だが、実態はお目付け役も兼ねているわけだ。


「そちらの目は、私が逸らす。そのためのこの場所だ」


 大公は意思を込める。そして、フミネに向き直り問う。


「そして、フミネ殿。今でもフォルテの左翼となってくれるという意志に変わりはないのかい?」


「もちろんです」


 フミネは言い切る。


「では、フィヨルト守護するフィンラント大公家に養子として迎え入れたい。だが、それには条件があるのだ」


「条件、ですか?」


 フミネはビヒる。美貌とか血統とか言われたらアウトだ。いや、血統だけならほぼパーフェクトなのには気づいていないのだが。


「今現在でもフォルテの左翼が出来ているのだから、無理は通せるのだが……、いや、しかし」


「何をお求めなんですか?」



「強さです」


 お妃、メリアが言った。


「フィヨルティアにも劣らない、圧倒的な強さです。先代聖女様が当時のフィヨルト大公家の養子となったように、フィンラント大公家でも養子の基準として、個人としての強さが要求されます」



「まーた、かーちゃんかあ」



 フミネは項垂れた。


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