第19話 悪役令嬢





「異世界、か」


 フミネは自分に割り当てられた寝室にいた。いささか広いが、これといって変わったところもない。クラシックなホテルみたいな内装だ。ベッドがあって、クローゼットがあって、テーブルと椅子。何故かテーブルの上には灰皿が置いてあって、その脇に木箱がある。ついでにワインボトルとグラスまであった。至れり尽くせりだ。


「なんだろこれ」


 その木箱を持ち上げてみると蓋が付いていて、中にはタバコとマッチが格納されていた。


「へぇ、久しぶりだなぁ」


 扉と反対側には大きな窓が配置されていた。どうやら、バルコニーみたいな感じになっているようだ。フミネはタバコに火を付け、灰皿を片手にバルコニーに出た。俗にいうホタル族だ、タバコ吸いは肩身が狭い。


 ふーと煙を吐き出すと、夜空には地球と似たような月があった。ここだけだと異世界感が全くないとフミネは思う。バルコニーからの景色は全く味気が無い。なんといっても四角い建物の内側に開かれた窓だからだ。訓練場と対面の壁と夜空しか見えない。だが、夜空は綺麗だった。



「眠れませんの?」


 長くて疲れて、だけど凄い一日だったなあ、とフミネが感慨に耽るとき、横から声がかかった。 


「フォルテ」


 フォルテは夜着みたいな恰好をして、となりのバルコニーに佇んでいた。月の光を受けた2本の縦ロールが輝いている。綺麗だなと、フミネは思う。


「まあ、ね。色々あったし、これからどうなるかも分からないし」


「そうですわよね。ニホンのご家族も心配しているでしょう」


「うーん、かーちゃんの件を考えると、あっちとこっちで時間の流れがどうなっているのやら」


「時間に違いがある? 驚きですわ」


「まあ、自分もよく分かってないんだけどね」


 やっぱり、フォルテとの会話は楽しい。なんでか分からないけど、フミネにとっては心地よい。それはフォルテも同じだった。フミネとの会話は、堅苦しくない。そのままの自分でいられる。


「そちらに行ってもよろしいかしら。もうちょっとだけお話をしてみたいですわ」


「いいよ。かもーん」


「かもん?」



 ◇◇◇



 2メートル程幅があったバルコニーを楽々と飛び越えて、フォルテがやってきた。窓は開けたまま、テーブルを向い合せに座りワインをそそぐ。ちなみにフォルテはタバコはやらない。健康的だ。


 そして女子トークである。あるが、片や大公令嬢、片やオシャレ? ふざけんな、そんなものより血で汚れたツナギだというバリバリの獣医の卵、どんな会話がなされるのやら。


「フミネはニホンで何をなされていたの?」


「学生だよ、大学の5年目だね」


「失礼ですけど、おいくつでした?」


「22だけど」


「22歳で学生!? そんなことあるのですわ?」


「フォルテって驚くと、自動的に語尾にですわが付くんだね」


「そんなことありませんですわ!!」


「日本ではね、ある種の職に就くためには、長い間学生をやる必要があるんだよ。わたしの場合は、18から23歳までだね。わたしは獣医になるの」


「獣医? どのようなお仕事なのですか」


「簡単に言うと、動物のお医者さん。わたしの場合は牛専門かなぁ」


「医者? 医師ですの、凄いですわ!」


「そうなの?」


「ええ、医師の弟子になり、秘術を伝えられ、10年以上の修行を積んで初めて認められる職と聞いておりますわ」


「ああ、そっち方面なんだ」


 女子トークは続く。



 ◇◇◇



「わたくしの婚約破棄は、仕方のない部分もありますわ。なんといってもわたくしと殿下では、考え方が違いすぎましたわ」


「そうなんだ」


 両名、アルコール効果により、だんだん空けっぴろげになってきていた。


「でも酷いじゃない。内々で両親を交えて交渉するならまだしも、そんな沢山の人たちの前でなんて」


「多分ですが、わたくしの落ち度を広めて、殿下は悪くないという形にしたかったのですわ。陛下は病床ですし」


「でもそのアリシアさんはいなかったんだよね」


「そうですわ。アリシア嬢は悪い方ではありませんわ。あの方が殿下を誑かすなど考えられませんわ」


「じゃあどうして」


「貴族にとって平民を召し上げるなど、喜んで受け入れるべきという考えですわ」


「ああ、そういう。で、フォルテとしては、もう引きずってないの?」


「正直、せいせいしていますわ。お父様や陛下には申し訳ありませんが、殿下はどうにも肌に合いませんわ。ただ、アリシア嬢が心配ではありますわ」


 ヒロインの心配とか、フォルテは優しいなあって思って、フミネはつい口に出してしまう。今後を決定づける一言を。


「フォルテは格好良い悪役令嬢だね」


「悪役令嬢?」


「あ、ああ、ごめん」


「悪役とは悪者ということですわよね。それが……」


 目に見えてフォルテが落ち込む。違う、そうじゃないとフミネが焦る。


「違うの、そういうことじゃないの。説明するから心して聞いて」


「え、ええ、分かりましたわ」


「悪役令嬢っていうのは、ニホンのお話によく出てくる役割なの」


「お話? 物語と演劇でしょうか」


「そうそう。そういうお話には定番の役っていうのがあるでしょう。王子様とか囚われの姫君とか」


「そうですわね、でも悪役令嬢となれば、主役をいじめる役割なのでは」


「ところが日本では違うのよ」


 違わない。


「悪役令嬢は確かに、傲慢で不遜だね、そして王子様たちに嫌われる」


 まさしく今のフォルテの立場だ。だからこそ、フミネは続ける。


「だけど、真っすぐで、立ち向かう。いい? 正しいなんて見方次第なの」


「……」


「日本の悪役令嬢は、不遇になってからが見せどころ! そこから立ち上がって、悪役の誇りを持って、王子様たちに見せつけるのよ! 自分の生き様を」


 それはもう、ウェブサイトによくある「ざまぁ」系悪役令嬢モノである。改心して逆ハーですらない。


「わたしは、そんな悪役令嬢が格好良いと思ってる。励ましているわけじゃないよ。本気で思っている。わたしの目を見て」


 フォルテとフミナが見つめあう。繰り返しになるが、そこに百合っぽさは欠片もない。


「わかりましたわ。わたくしはフミネを信じますわ。立派な悪役令嬢になりますわ!」


 一丁上がりであった。


「ええ、わたしも手伝うわ。いや、わたしも悪役令嬢、いや悪役平民になるわ。フォルテと一緒にやってみせる」


「ありがとうございますわ」



 よく分からない悪役二人の夜は更けていく。


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