第17話 操縦者
「まあまあ、かーちゃんの残した『フサフキ』ならいくらでも教えるから。でもわたしじゃ真似できない技も多いんだよね」
フミネの中では、かーちゃんの使う技は『表の芳蕗』、そこから自分にできない技を引いて、内緒で考案した技を『裏の芳蕗』と呼んでいた。ここらへんが、聖女フミカとフミネの違いであり、フミネの真骨頂でもある。
「そうなのですの?」
「うん、かーちゃんの体重と力じゃないと出来ないのもあるし、わたしは柔道とかレスリングは直接やったことないし。ソゥドの有り無し関係なく、わたしじゃ絶対にかーちゃんに勝てないよ」
多分今のわたしなら、技でも心でも勝てないんだよね。とフミネは続ける。
「こ、こんなに早くソゥドに目覚めて、あれだけの技を見せて、それでも勝てないというの!」
「そうだね、あと『ですわ』が外れてるよ」
「なんでもかんでも『ですわ』が語尾にはなりませんですわ!」
「はいはい、そこまで」
話が脱線し始めたのを見かねて、メリアが嗜める。
「聖女フミカ様は10日間を一切休まず、鍛錬を続けたと伝わっています。そうして『暴虐の聖女』とまで呼ばれる存在となったのです。わたくしたちの想像で語れるものではありません」
「かーちゃん、人間辞めちゃったかあ」
「ですわね」
◇◇◇
「それでは、守り石のもう一つの役割、甲殻装備を試してみましょう。ファインあなたの番よ」
「はい!」
ファインが嬉しそうに一歩進み出る。腰に差していた、甲殻獣の骨を右手に持ち手首のチェーンを軽く絡ませてから構える。そして、力が流れる。薄っすらと赤い光を骨が放ち始めた。
「これが甲殻装備にソゥドを流した状態です。ファインは適性が高いようで、将来を期待されています」
母親の顔でメリアが言った。横ではフォルンが膨れている。
「わたくしだった負けませんわ!」
「ええ、二人で競い合って強くなってちょうだい」
老若男女問わず、なんでもかんでもに強さ基準があるのは、フィヨルトの特質だろうか。フミネはと言えば。
「ふやああ、格好良いよファインくん! 光ってる、輝いているよファインくん!!」
強さというより、格好良さを絶賛していた。それを聞いてちょっと頬を染めるファインと、これまたブンむくれるフォルン。罪深きフミネであった。
そこから、ファインの演武が始まった。素早く移動をしながら、振り抜き、突き刺し、打撃を繰り返していく。速さに慣れてきたフミネから見れば大味な動作だが、それでも相手は12歳だ。大したものだと思う。
一連の動作が終わり、誇らしげに息をつくファイン。そしてフミネの元に歩み寄り、骨を差し出した。
「次はフミネ様の番ですね」
「様なんてつけなくていいよ」
「いえ、でも」
「いいの! フォルンちゃんもね」
「わかりましたわ、フミネ!」
他意があるかどうかはどうとして、フォルンは素直だった。ファインは「フミネ、フミネ」とモゴモゴと繰り返している。両方とも可愛いなあって、妹も弟もいたことのないフミネは萌えていた。
「さあ、マジメモード! 信じる。やれる。わたしは出来る!」
右手で骨を握りしめたフミネは、現在の自分に出来る、可能な限りのソゥドを骨に流し込もうとする。両手の指貫グローブが蒼い輝きを発し始めた。しかし。
「あれ? うーん、出来るって、出来るんだってば、出来てよ信じてるんだからさあ」
「これは、全く通っていませんわ」
フォルテが無情に通告する。こういうところで容赦がないのがフォルテである。別にさっきの件を根に持っているわけではない。元々の性格なのだ。
「でもおかしいですわね。『守り石』がそれだけ輝いているのに、力が流れないのはおかしいですわ」
「身体の方はバリバリなんだよね。多分今動いたら、さっき以上にイケそう」
「如何に向いていないと言っても、妙ですわ。わたくしの甲殻騎適性と一緒……ですわ……」
嫌なことを思い出してしまったのだろう。フォルテの声が沈む。
「フォルテは動かしたじゃない。また動かそうよ。今度はもっと、上手に強く操縦できるって」
「そ、そうですわね。その通りですわ!」
「それにわたしは徒手空拳が基本だから、ねっ!」
言葉と同時にフミネがハイキックを繰り出した。だが。
「わたくし相手に寸止めとか、甘いですわ」
寸止めしようと減速するはるか手前で、フォルテの左腕がフミネの右足首を握りしめていた。そしてそのまま放り投げる。投げられたフミネはと言えば、空中で体勢を取り戻し、5メートルほど先に着地する。
「うーん、まだまだかあ」
「まだまだ、ですわ」
そしてお互いにニヤリと笑う。両者共に悪役チックだ。どこを目指しているのか。それをほほえましそうに見ているメリアと、なんだこの二人はと引いている双子。なかなか濃い光景であった。
カラーン、カラーン。
その時、壁にぶら下がっていた鐘らしきものが鳴った。
◇◇◇
「あら、着いたようね。フォルテお願いできる」
「わかりましたわ」
つかつかと、フォルテが壁に歩み寄る。よく観察してみれば、そこだけ3階まで窓が設置されていないことが分かる。そしてフォルテはその一角の左端にあるさりげない凹みに指をかける。
「むうぅん、ですわ!」
ごりごりごりごり。
決してスムーズと言えないような音と共に壁の一角が横にズれた。縦5メートル、横8メートルくらいか。
「どんな腕力!?」
「うふふ、これがわたくしのソゥドですわ」
こりゃしばらく勝てんと、フミネはため息をつく。
「失礼いたします。ご指示を受けて、甲殻騎1騎を搬入いたします!」
「ご苦労様、お願いね」
「はっ!」
騎士らしき人間が3人、きびきびと必要なことだけを発言する。メリアがまた必要な事だけを答える。そして、ゴロゴロと大きな台車が運び込まれてきた。3人の騎士の人力で。
台車の上には甲殻騎が載せられていた。言わずと知れたオゥラくんだ。
「騎体番号31452。搬入作業を完了いたしました。指示あるまで、こちらに配置させるとこのことです。命令書等は家令殿が作成するので、ここでは口頭による確認だけで問題ないそうです」
「そう、ありがとう」
「では、我々は失礼いたします。閉門をよろしくお願いいたします」
「了解いたしましたわ」
本当に必要なことだけを成し遂げて、騎士たちは立ち去って行った。フォルテがまたごりごりと壁を閉じる。要は、内側からしか開閉出来ない仕掛けというわけだ。
さて、訓練場の隅に置かれた台車だ。オゥラくんが寝かされている。
「そうね、フミネさん右側に乗ってみる?」
「えっ?」
右側、それは主操縦席を意味する。自分の意志で甲殻騎を動かすための座席だ。
「条件としては、一人で。フォルテ、そんな顔をしないで。試すべきことは全て試すの。あなたにはわかっているはずよ」
「ええ、わかっていますわ」
フォルテが苦そうな顔をしている。彼女は右翼であり、しかし、甲殻騎適性が低い。もしフミネが高い適性を示してしまったら……。
「その時はその時ですわ! わたくしは、フミネの味方ですわ」
眩しい笑顔だ。フミネは浄化されてしまうのではないかと、不安になるような笑顔だ。
「わたしこそ、ずっとフォルテの味方だからさ。相棒!」
「ええ、ええ、ですわ」
◇◇◇
フォルテの案内でオゥラくんの操縦席の前に立つ二人。
「風防は、ここの取っ手を捻ってから開けるのですわ」
「うん、やってみる。えっと、こうかな?」
風防脇にあるレバーを捻ってから、ちょっと押し上げると、キャノピーが勢いよく開いた。中にあるのは、本日午前中にあった光景そのままだった。いや、清掃された跡がある。
そうだまだ、1日も経っていないのだ。長い。
「じゃあ、乗ってくださいませ。両脇の操縦桿を握って、信じるだけですわ」
そう言って、フォルテがその場を離れた。フミネは一つ息を吐き、言われたように操縦席に座り、操縦桿を握る。
「オゥラくん、よろしくね。信じるから」
フミネは目をつむり、ソゥドを流す。すっと力が抜けていく。いや通っているのだ。骨一本にすら通らなかったフミネのソゥドはなんの抵抗もなく、オゥラくんと一体化していく。フミネの両手の指貫グローブが今までになく、蒼く輝いている。
「オゥラくん、動いてくれるの? いや、動いて。一緒に動こう!」
初めての一体感と共に、フミネの心が高揚していく。とんでもない幸福感と全能感が駆け巡る。脳内麻薬ダクダク状態だ。
最初に左腕が台座を離れ大地に刺さる。次は左脚だった。そして腰を曲げながら上体が起き上がり膝をつく。そのまま流れる様に立ち上がる。その一連の動作は、あまりにスムーズで、あまりに自然だった。
「これが、初めて乗った甲殻騎の動き!?」
提案してみたメリアを以てして愕然としている。双子は言わずもがな。しかし、フォルテだけは違った。
「お見事! お見事ですわ、フミネ。流石はわたくしの『左翼』ですわ!!」
自分にとって都合の良い理想の未来を叫んでみせた。これぞ後に『悪役大公令嬢』と呼ばれる女の矜持である。
◇◇◇
「どうしてソゥドが通ったんだろう。骨とかよりずっと難しいって話だったのに」
そこで、余計な記憶がフミネの脳裏によみがえった。
蒼く輝く指貫グローブをおっちゃんから渡された時、なんと言われた?
『ほらねーちゃん、「ドライビンググローブ」だ。本革だぞ』
ドライビング、ドライビング、ドライビング……。
「そういうことかああああ」
フミネの叫びが訓練場を満たした。
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