第14話 テツ・ザンコー




 絵画をずらして踏み込んだ先にあったのは、普通の個室だった。普通にテーブルとソファが並び、これだけなら、密談のための秘密の個室といった感じだ。


「でも、続きがあるんですよね」


「もちろんですわ」


 二重のセキュリティというわけでもないだろうが、次の仕掛けはただの壁だった。メリアが壁の一部を叩くと、ボコりと扉の様に壁が開いたのだ。一同が扉を抜けると、そこは単なる廊下だった。先ほどまで歩いてきた廊下と全く変わりはない。


「さあ、ここからが奥になります」


 メリアが言うには、外部からは完全に隔離された3階建ての区画が、ほぼ正方形に訓練場を囲っているようだ。生活に必要な、寝室、厨房、風呂、トイレは完備されており、あまつさえ、秘蔵の図書室まで完備されている。大公家のみの私的空間ということだ。



「ここに出入りすることが出来るのは、閣下と私、セバースティアンとオクサローヌの許可を得た者だけです。存分に鍛錬し、存分に休むことが出来るでしょう」


「なんかこう、鍛錬のためだけに集中できる場所、みたいですね」


 ブルリと、フミネの背中が震える。


「そういう見方も出来ますね。受け止め方は人それぞれでしょうし、楽しく強くなりましょう」


 これがフサフキの名を持つ者の余裕、いや生き様なのだろうか。強くなって当たり前という、この国の在り方なのか。なんと言うか、怖い。



 ◇◇◇



 とりあえず、通り一辺倒の施設を案内された面々は、最後に中庭たる訓練場へと案内された。そこはグラウンドと言うより、起伏のあるアスレチック的な広場であるが、印象的なのは所々に付き立った、丸太だった。繰り返すが丸太であった。大公国は丸太が大好きなのだ。そこら辺に沢山生えているので。



「とりあえずは……」


 メリアが、腰を切る。大地を踏みしめ、体動を活かし、握り拳、いや中指を丸太に差し込んだ。


「これくらいは出来るようになりましょう」


「やっべえ」


 フミネはその難易度を理解できてしまった。丸太にぶっ刺さった中指をズルりと抜いた後には、きっちりと指一本分の穴が開いていた。つまりは、破壊ではない。現象というか結果だ。


「あの、普通なら指が折れるか、丸太が砕けるかのどっちかなんですけど」


「分かっていて聞くのはよろしくないですよ。フサフキでしょう」


「あ、はい。そうですけど、いや、そうなんですけど」


 だから、ヤバいのだ。かーちゃんはなんてものを伝えてしまったのかと、フミネはビビる。浸透勁の延長なんだろうけど、あれは人体の強度を無視しているとしか思えない。


「ソゥド力でしたっけ?」


 恐る恐ると言った感じで問うフミネに、あっさりとメリアが応える。


「ええ、もちろんです」


「フミネはソゥドをまだうまく使えないようですわね、わたくしが伝授してあげますわ!」


 早いとこソゥドとかいう超能力を使えるようにならないと、死ぬ。正直にフミネは震撼した。ビビってばかりだ。



 だから火が付く。


「かーちゃんは出来たんでしょ!? だったらわたしに出来ないわけないじゃない!」


 妹力に炎が灯る。やってやれと、背中を押されたような気がする。だからやる。



「えぇい!」


「そりゃーですわ!」


 傍では、双子が丸太に背中を叩きつけていた。それなりにサマになっているのが、フミネにはどうにも子憎たらしい。


「そこのお二人。ちょっとストップ。いや止まって」


「ええ!?」


「なんですの、ですわ?」


 双子の片割れの言動が姉を真似ているものの、何処となく危うさを感じながらもフミネは確認してみた。


「今やっている練習の技の名前ってなにかな?」


「聖女さまなら知っているはずですわ! これは『テツ・ザンコー』ですわ!!」


「ああ、やっぱり」


 確かに形は『鉄山靠』だ。だけどちょっとだけ違う、というか形が重視されて力が抜けている気がする。だからフミネは「ホンモノ」を見せたくなってしまった。


「ちょっと見ていてね。大切なのは、両脚の踏み込みと握り込み、腰の捻りで力を伝えて、インパクト……、当たった瞬間からの押し込みよ。やって見せるから、よく見てて」


 そのアドバイスを聞いていたのは、双子だけではなかった、フォルテもメリアも、メラメラと目を輝かせている。それに気づいたフミネは……。


「えっと、お二人も興味あります?」


「それはもう」


「当然ですわ!! 本家本元のフサフキ。刮目していますわ!!」


「ふぅ、じゃあやりますね」



 ◇◇◇



 ずしん!



 フミネの背中が丸太を震わせる。折れてはいない。抉れてもいない。だが。


「これが、テツ・ザンコー……っ!」


 メリアは驚愕していた。フォルテは震えていた。双子はちょっと分かっていなかったから、何が凄いのか困惑していた。



「いや、あのさ、わたしにもソゥド力っていうの、教えてよ!!」



 訓練場にフミネの叫びが響き渡った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る