第13話 奥へ




「フミカさまは、聖女さまなのですか?」


「ぐむぅ」


 ファインが遠慮なく切り込んだ。


「フサフキっていうお名前ですし、黒い髪の毛で黒い目で、ふしぎなかっこう。きっと聖女さまですわ!」


「ぬぬぅ」


 フォルンが追撃をかける。


 大公はニヤニヤと、お妃はニコニコと笑って見物している。フォルテは期待した顔でフミカを見つめる。


「いやぁ、よく分からないんだよね。確かに日本から来たんだけど、不思議な力とか持ってないみたいだし」


「ええー」


 少年少女の夢は壊したくないが、過度な期待を持たれるのも不味いということで、濁すフミナであった。だがしかし。


「『聖女を聖女たらしめるは、特別な力でも知でもなく、心である』、『聖女とは何を出来るかではなく、何を為したかで認められる』ですわ!」


「ねえさまそれはなんですの?」


 フォルテが高らかと宣言し、フォルンが首を傾ける。


「これからのフミネとわたくしを見ていれば、分かりますわ」


「はいっ」


「わかりましたわ」


 重たい何かを背負わされてしまったが、先ほどのフォルテの言葉はフミネに沁み込んだ。


 そうなのだ。紗香もかーちゃんも、聖女だからやってのけたわけではない。成し遂げたからこそ聖女となったのだ。だからフミネは付け加える。


「もう一つ、『聖女は格好良い』。それも付け加えたいね」


「良いですわね! わたしくしも努力いたしますわ!」


 言っちまったフミネであった。



 ◇◇◇



「ははは、良い問答であった。それでは、セバースティアン、オクサローヌ、ヴォルト=フィヨルタの掃除と配置転換をよろしく頼む。私は軍部を固める。メリアは奥へ案内を頼む」


「かしこまりました」


 大公から指示された3人は同時に了承した。



「それでは、フミネさん、フォルテ、ファイン、フォルン。付いてきてください」


 お妃のメリアが『奥』へ案内する。


「あの、奥って、なんですか?」


「ぼくも知りません」


「わたくしもですわ」


 フミネの疑問に、双子が続く。


「成人、15歳になってから教えられる大公家の秘儀のひとつですわ」


 教え好きのフォルテが胸を張る。


「とは言っても、大したことではありません。単に、大公家の者か近しい者、そして信頼された者のみが入ることを認められた区画というだけのことです」


 メリアがインターセプトして、説明をしてしまった。


「お母様!」


「あなたが説明すると、妙に大袈裟になってしまうから」


 なるほどなあ、と納得してしまうフミネであるが、それを恨めしく見るフォルテには気づいていなかった。いや、チリチリとした何かは感じていたが。


「居住には何の問題もありませんわ。さらには中庭に訓練場もありますし、お母様?」


「はいはい、オゥラくんの搬入手続きですね。極秘裏にやっておきましょう」


「ありがとうございます、ですわ!」


 ノリノリのフォルテが楽しそうで、可愛いなって思うフミネである。


「あの、おかあさま」


「どうしたの、ファイン」


「ではどうして、ぼくたちも?」


「それはね、あなた達も強くなってもらいたいからよ」


「強くですか?」


「ええ、こんな事はいいたくないのですけど、強くなる必要がありそうなのです」


「つよくなりますわっ!」


 それは、フォルテの騒動と、フミネの登場による今後の混乱を予期したものであった。思わず、発端となった二人は苦いものを感じる。だが、双子はそうではなかった。


「がんばります!」


「がんばりますわ!!」


 大好きな、母と姉と、そして聖女かもしれないフミネと共に訓練し、強くなるんだと、身体全体で語っているかのようだ。


「そうね、頑張って、強くなりなさい。期待しているわ」


 目を細めて、メリアが言う。我が子の成長を愛でる母親の表情であるが、実態は武闘方面なのがアレだ。まあ、フィヨルトの気風なので仕方ない部分もある。



 ◇◇◇



「さあ、ここですよ、鍵はかかっていませんから、手順だけは覚えておいてください」


 そこは普通の廊下だった。そこにあったのは誰かの肖像画だ。黒髪黒目、均整の取れた姿格好で、足元には薄緑色のハイヒール。どことなくフミネに似ている、と言うか、似過ぎている。しかもやたら美化された感じで。


「こ、これって、まさか」


「ええ、『暴虐の聖女』様ですわ。まあ、あの聖女がたを見てしまうとなんといいますか。でも、聖女さまですわっ!」


「うわぁ」


 現実は、誠非情であった。歴史などこのようなものなのだろう。


「さあ、そこまでにしましょう」


 メリアが肖像画の縁に手を当て、そしてそれなりの力を込めて横にスライドさせた。


 ずるりと軽い音を立てて絵画が移動した後には、当然穴が開いている。


「さあ、いきますよ」


「あの、帰りはどうするんですか? 人通りとか」


「大丈夫ですよ。絵画の目の所から様子を伺うことが出来るようになっていますから」


「定番だ!」



 そうして、一行はヴォルト=フィヨルタの奥へと踏み込んだ。


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