第10話 聖女と聖女と聖女?





 それから2時間あまり。夕日に包まれかけた公都に文音たちは到着した。ただし、正門側からではなく、一部の者しか利用できない、言わば裏門から城たるヴォルト=フィヨルタに入ったわけだ。


 入口に入ってすぐに、オゥラくんから降りて徒歩で移動する。護衛たちがさりげなく文音を視線から遮りながら、城へと向かう。文香からしてみれば、むさくるしいことこの上ないが、仕方ないとあきらめて歩く。


 そして、今一つファンタジー感のない廊下を歩き、たどり着いた一室で、やっと一行の緊張が溶けた。文音に至っては、そこに座ってくれというソファーでぐったりという感じだ。それも仕方がない。今日一日だけで、色々なことがありすぎた。



 異世界転移、甲殻獣の襲来、フォルテとともに現れた甲殻騎、巨大な砦。どれ一つとっても異世界要素満載だった。そして今、それが薄い一室のなんとまったりしたことか。


 まあ、それで済まないわけだが。



 ◇◇◇



「では改めて聞こう。君は聖女なのだろうか?」


「答えは先ほどと同じです。わたしには分かりません。ただ、名前がフミネ・フサフキで、日本からいつの間にかここに来ていた、くらいですね」


「ニホン!!」


 場が、ざわつく。


「やはり本当なのですわ。フミネはニホンから来た。それこそ聖女の証で間違いないですわ!」


「ちょっとまってフォルテ。日本から来ただけで聖女になれるなら、6000万人くらい聖女がいることになっちゃうから」


「ろくせんまん!?」


 フォルテがその人口の多さに驚愕する。ここでの問題は、その内どれくらいがこの世界に転移できるかであり、そもそも日本の女性が全員こちらに来てしまったら、あちらもこちらも大問題になってしまう。


「いやいや落ち着けフォルテ。この地へ現れることが出来る事自体が聖女の条件なのではないか? 我々が知る限りで、確定しているのが二人。それ以前は神話の領域だぞ」


「そ、そうでしたわ。フミネが凄いことをいうものですから、つい」


 文音が悪いということになった。



「そうですわ、フミネ、もう一度あの肖像画を見せていただけますか?」


 フォルテが指す肖像画とは、文音のスマホのことである。


「ああ、なるほど、大公様にも確認していただくわけね」


「そうですわ」


 文音は言われた通りにスマホを取りだし電源を入れた。その光景に驚きを隠せない大公とお妃。フォルテがその反応を満足そうに見ている。自分も最初に驚いたからだ。先駆者の愉悦というわけだ。


「えっと、この画像ですね。右側が姉のフミカ・フサフキです」


 そこに写っていたのは、顔をボコボコに腫らした芳蕗文香だった。当然、大公もお妃も微妙な表情になってしまう。


「こ、これが、聖女殿、なのか?」


「いやまあ、なんと言うか」


「いえ、閣下。これは、間違いないのではないでしょうか」


 お妃が画像の下半分。つまり服装を指さして言う。


「右胸に公国章、左のこれは、まさか」


 大公が唸る。黒地の軍服風の衣装の左胸には、紫の花を咥えた白銀の狼の姿と、2本の骨。その下には、『白い翼を生やした薄緑のハイヒール』が描かれていた。


「フミカ・フサフキ=フィヨルティア・ファノト・フィヨルト……。間違いない、聖女殿だ」


「かーちゃん、名前なっが!」


 思わず突っ込みが入った。


「閣下!! 隣のお方の紋章を!!」


 お妃が震える声で言う。隣で同じく顔を腫らした女性の服装は、白いドレスアーマーのようなコスプレチックな感じであった。そして胸の装甲には、『紫の狼に四本線』。


「王国章ではないか!? フミネ殿。こちらの方の名前は!? 聖女殿との関係は?」


「えっと、姉の親友でライバル、強敵で、匂坂紗香さん。こちらで言うと、サヤカ・サキサカ、ですね。って、サヤカ? まさか」


「聖女サヤーカ……。まさかとは思うが、1日で二人の聖女の正体を知ることになるとは」


 大公は頭を抱えた。



 ◇◇◇



「まあ、よろしいのでは? お二人の聖女様は無事ニホンで健在であるという事が知れただけでも、わたくしは嬉しくおもいますわ」


 ポジティブなフォルテである。しかし実際、こちらの世界から干渉できない以上、二人の聖女が仲良く殴り合っているという事実は喜ばしい事だと、言えなくもなかった。



「問題はフミネが聖女かどうなのか、ですわ。でもわたくしには、関係ありませんわ!」


「関係ない?」


 大公が問う。大問題に聞こえる気もするが、フォルテがどういう意図でそう発言したのかが気になる。


「だって、わたくしとフミネは共に戦い、甲殻牛に勝利したのですわ。つまりは両翼が揃ったのですわ!!」


「ちょっとまって、フォルテ。今なんと言ったの? 両翼って、まさか」


 お妃も聞く。両翼が揃うという事は。


「ええ、わたくしが右翼、フミネが左翼として、オゥラくんを動かしましたの! それはもう素敵な気分でしたわ!!」


 恍惚とした表情になっているフォルテ。そしてフミネも、確かにあれは楽しかったと述懐する。




「それを先に言わんかあぁぁ!!」



 大公の叫び声が部屋の中に響き渡った。


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