第9話 大公さまとお妃さま





 ずしぃん、ずしぃん。ずりずりずり。



 オゥラくんが歩き、甲殻牛が引きずられている音が響く。


「どなどなどーなーどーなー」


「なんですの? その歌は」


「いや、なんとなくで、大した意味は無いよ。でも凄いね、この畑」


 彼女たちが移動しているのは、両側を小麦畑に囲まれた街道であった。まだ青いが、文音が知る小麦の2周りは大きいだろう。それが春風に揺られて、まるで畑全体が芸術作品のように見えてしまう。


「ありがとうございますわ。大公国自慢の小麦畑ですわ」


「うん。わたしも近所に畑が沢山あったからね。ここの凄さはよく分かる」


 調子に乗ったフォルテが、甲殻獣の骨を加工して肥料にしているとか、北側にある大河から水を引いているとか、蘊蓄を披露する。


 ちなみに、公都フィヨルタからトルヴァ砦までは主要な街道が2本走っている。今移動しているのは、その内の大公がおわす居城、ヴォルト=フィヨルタへ直接向かう、主に連絡用に使われている道になる。今の段階で、文音をあまり人目に晒したくないというフォルテの意向が反映されている。もちろん、迎えもこちらの道を選ぶだろう。それくらいの判断は伝えずとも、大公には分かっているはずだ。



 ◇◇◇



 そんなかんなで1時間程オゥラくんを歩かせていたところで、進行方向から土煙を上げて何かが走って来た。


「来ましたわね」


「何が来たの?」


「お父様とお母様だと思いますわ。ああ、間違いなさそうですわね」


「それって、大公様とお妃様ってこと? 大げさすぎない?」


「それくらいの大事ということですわ。そろそろ自覚なさってくださいませ」


「うええ」


 などと二人がやりとりしているうちに、2頭の巨大馬がオゥラくんの足元までやってきた。


「また、護衛を置き去りにしましたわね、まったく」


「いいのかなあ、それって」


「仕方ありませんわね。お父様、お母様、おまちしておりましたわ!」


 フォルテが呼びかけると、騎乗していた二人が格好良く下馬した。乗り慣れているのが良く分かる動作だ。


 同時にオゥラくんも片膝を付き、降騎姿勢を取った。とはいえ高さはまだ4メートルほどある。なので、フォルテは素早く文音の手を取り、そのまま背中と膝裏を持って、軽やかに飛び降りた。


「うひゃあ」


 文音の腑抜けた声の後、ダンスを終えたかのように、フォルテが彼女を地に立たせる。優雅としか言いようのない光景である。



「うむ、確かに黒髪で黒い瞳。さらには肖像画に似た容貌に思える。聖女殿、いやまずは名乗らせていただこう。私は辺境大公国が国主、フォルファンヴァード・フィンラント・フォート・フィヨルトだ」


「わたくしも同じく名乗らせていただきます。現大公妃のメリアスシーナ=フサフキ・ファノト・フィンラントと申します」


 大公は綺麗な金髪を短く纏め、口ひげが似合う長身にして筋肉質を感じさせる偉丈夫であった。なるほどフォルテの父親を感じさせる髪色と、緑の瞳だ。対してお妃は、髪こそ金に近い褐色であるが、それを肩口から一本縦巻きにしている。こちらの女性は皆、縦ロールなのかな? と文音は謎の疑問を抱いてしまった。そして思う。名前が長いと。さらには……。


「フサフキ!?」


 文音は思わず叫んでしまった。


「ええ、当代のと言っても3名おりますが、その内の一人です」


「うわあ、世襲されてたんだ。ってすみません、敬語とか苦手で」


「良いのですよ。お気になさらず。それで、あなたのお名前を聞かせて貰えますか」


「えっと、初めまして。わたしはフミネ・フサフキと申します」


 文音が応えた瞬間、大公と妃は目を見張る。連邦において、いや、この辺境大公国において『フサフキ』の名は絶対である。


「騙りでは、ないのだろうな?」


「証拠を示せと言われたら、言い返せません。信じていただくしかありません」


 文音としては、そう答えるしかないのだ。


「お父様、お母様。わたくしからもよろしいでしょうか」


「うむ、あの伝言を使うくらいだ。理由はあるのだろうな」



「ありますわ。わたくしが、フミネを信じているからですわ!」


「フォルテ……」


 文音はがっくりと頭を下げた。



 ◇◇◇



 大公と妃の大笑いの後、聖女であるかどうかは後回しにして、文音は大公の居城たるヴォルト=フィヨルタに客人として招かれることになった。何故かと言えば、今は例の婚約破棄騒動のお陰で、中央と辺境の間でバチバチと危ない火花が散っているからだ。そこに聖女が現れたとなれば、これが騒動にならないはずがない。


 よって、文香はあくまでフォルテが救った平民であり、彼女を気に入った大公令嬢が客人として迎え入れた、という建前を用意したわけだ。


 そうして無理やりまとめた話し合いが終わる頃、やたら疲弊した近衛たちが到着した。中には徒歩でここまできたのも混じっていた。哀れだ。



 というわけで、再びオゥラくんに騎乗した文音とフォルテは、ゆっくりとヴォルト=フィヨルタを目指して歩き始めた。もちろんズルズルと甲殻牛を引きずりながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る