第8話 立派な砦
ずしぃん、ずしぃん
オゥラくんが渓谷を歩いている。フォルテ単独での操縦なので、以前のぎこちないままであったが、ちょっとだけ改善されている。ただ、フォルテも文音もそれには気づいていない。そんなちょっとしただけの変化だったのだ。
「フミネ、頭はどう?」
バカにしているのという質問ではあるが、真実だ。
「ううう、なんとか痛みは引いてきたみたい。って、もしかしてこれがソゥドの力!?」
「さ、さあ?」
なんともポジティブな文音に、ちょっとだけ引いているフォルテである。
◇◇◇
頭を地面というか岩に叩きつけてのたうち回った後、文香は敢然と決意した。
「わたし、ソゥドを使えるようにする!」
かーちゃんに出来ることは自分も出来るようになりたいという妹気質だ。そこに、自分が強くなってみせる以外の戦略的目標は存在していない。異世界に来たのに。自分がどれだけヤバい状況に置かれているか、薄々分かっているのに。それでも強くなって損は無いというのも、また真実だった。
「それは素晴らしい心がけですわ。わたくしで良ければ、指導してもよろしくてよ」
「うんっ! お願いするね」
なんだかんだで気づいてみれば、お互い敬語を使う事の有無すら忘れ、仲良く会話を交わしていた。そして、その事実に気づいてしまっているフォルテは、なんというか、嬉しくて仕方ないのだ。
だって、自分は大公令嬢だ。学院で自分より上の立場にあったのは、あの忌まわしい王太子のみ。それこそ自分と対等に立ち向かおうとしていたのは、状況を良く分かっていない、あのアリシア・ランドールくらいのものだった。
だけど、文音は『聖女』だ。格から言えば、大公令嬢など比較にならない程、上にいる。そんな彼女と、のんびりとこうやって会話をしていられる。それが楽しいのだ。
フォルテは思う、文音を絶対に守って見せると。同時に卑怯な部分もある。彼女が居れば、自分も甲殻騎を操ることが出来ると。だからこそ、真っ当に真正面から、自分を認めてもらいたい。一緒にいてもらいたい。フォルテはそう思っていた。
◇◇◇
「うわー、おっきいねえ!」
「ええ、そうですわ。これがフィヨルタの北西の守り、トルヴァ砦ですわ」
全幅にして7キロ、高さは平均12メートル。二度とあの氾濫での悲劇を起こさないとばかりに、強固に巨大に建造された砦であった。その建造では、当時希少であった数騎の甲殻騎が使用されていたという。
「お嬢? お嬢ですかい!?」
砦の上から、哨戒中だった兵士が声をかけてきた。一般兵であるにも関わらずフォルテの顔を知っているあたり、フィヨルトの気風がうかがわれるというものだ。
「ご苦労ですわ。通してもらえるかしら。お土産もありましてよ!」
キャノピーを跳ね上げ、『お土産』の部分をちょっと強調して、フォルテは初の得物を誇る。
「おおっ、中型の甲殻牛じゃないですか。ついにやりましたね!!」
兵士が嬉しそうに反応する。それを見た文音は、中世ヨーロッパ風にしては、貴族と平民の距離が近いんだなあって、無責任な感想を抱いた。
「そうですわ。この子が襲われかけていたので、わたくしがぎったんばったんにしてやりましたわ! 皆さんにお見せしたいくらいの激闘でしたわ」
ほぼ本当だが、文音の件は秘密ということで合意が取れている。ここで正直を旨とする健全な主人公ではない。フォルテは、嘘を幾らついたところで、結果良ければそれで良しという、悪役令嬢いやさ公爵令嬢なのだ。
「では、確認もとれたでしょう。開門をお願いしますわ」
「了解しました。開門! かいもーん!! 通過は中型一騎、3分目!!」
「了解、復唱、3分目開門!!」
門の開閉をする担当者からの復唱を受け、ギリギリと巨大な門が少しづつ開かれ、全体から見ればちょっとした隙間を開けたところで停止した。そこに出来たぎりぎりの空間をフォルテが操作するオゥラくんが潜り抜ける。
「通過確認! へいもーん!」
「了解、復唱、閉門!!」
◇◇◇
砦は300から500メートルの奥行きを誇っていた。これが甲殻獣氾濫に対する縦深だというフォルテに文音も納得する。
「申し訳ないけれど、至急お父様に伝令をお願いいたしますわ。『ごっ倒す』と伝言を。繰り返しますわ、『ごっ倒す』ですわ」
「なにそれ!?」
「了解いたしました!!」
文音の叫びと伝令の声がカブった。ちなみに『ごっ倒す』とは、大公家に伝わる要は『聖女現る』の合言葉である。200年前に取り決められ、極上層部、それこそフォートラント連邦中央すら知らない、大公家だけの暗号だ。
伝令が巨大な馬を駆って駆け抜けていき、それをゆっくりと追いかけるようにオゥラくんは歩み続ける。ずるずると甲殻牛を引きずりながら。
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