第6話 200年後のフサフキ





 果たして言葉というものは力を持つのだろうか、甲殻牛は文音とフォルテの音上に対して力を溜める動作で答えた。つまりは、ここから突っ込んでくる。


 オゥラくんは、初々しくもあるがフォルテの操縦下で、腰を少し落とし、受ける構えを見せる。そういうフォルテとオゥラくんの繋がりを仲介し、心温めているのが文音というわけだ。


 歓喜と、満足と、闘志とが混濁する戦場が動く。


 初手は甲殻牛の突撃だ。これまでと変わらない、自身をもってすべてをぶつけてくる、それ以外ない戦法なのだ。


「フォルテ、さっき生身でやったのって、芳蕗の技なの?」


「ええ、大公家に200年前から伝わる技ですわ。『暴虐の聖女、フミカ・フサフキ』様が伝えたと記録されていますわ」


「かーちゃん(姉、文香)、なにやってんだか。一子相伝はどうなったの?」


「フミネさん、やはりあなたは?」


「ああ、それは後、牛が来るよ。芳蕗使えるなら、今の状態なら出来るよね?」


「お任せですわ!!」


 威勢の良いフォルテの返事に文音は確信する。こりゃ大丈夫だと。自分であればああいう猪突猛進型の相手であれば『芳蕗改・音形』を使うだろうけど、さすがにこちらの世界には無いだろう。だからといってこの状況を捌けないほど『フサフキ』は温くない。


 突撃してくる甲殻牛の攻撃は、道理に通っている。躱すことは出来るだろうが、その後が続くかどうか。頭という最小面積を攻撃の先端とすることは、確かに脅威だ。だが相手の標的が小さくとも『フサフキ』は捌いて飛び込む。それが術理だからだ。



 ◇◇◇



 間合いが5メートルを切った。そろそろ動かないと不味いだろうというところで、オゥラくんが無造作に一歩を踏み込む、深く低く。


 まるで、地面に臥せるかの様になった体勢に遅いかかる甲殻牛に対して繰り出されたのは、右肩だった。大した力は乗せていない。だが、大地に対する踏みしめと、力の練り上げ、さらには相手の顎に合せた角度。全てが纏まりあって、甲殻牛の突進ベクトルがずれる、弱る。


 たった一歩踏み込んで肩を入れただけで、甲殻牛の突進はほぼ止まり、頭を上げてその腹を晒すことになった。



「お見事!」


「ありがとうございます、ですわ!」


「トドメもよろしく」


「承知……」


 右脚を前に出したまま、滑らせるように左脚を引き付ける。そして両脚が平行になるようになったとき、オゥラくんは相手に対し、ほぼ背中を見せる形になっていた。そこから繰り出されるのは。


「いたし……」


 踏ん張った両脚から繰り出される反動が、低く落とした腰を通じ、背中に宿る。


「ました、わ!!」


 オゥラくんの背中に配置された8本の突起の内、左側4本が、甲殻牛のがら空きの腹部に叩き込まれた。


 吹き飛ばない。吹き飛ばさせない。それが『フサフキ』だ。つまり、甲殻牛はそのままそこに崩れ落ち、生命活動を停止した。




 ◇◇◇



「凄い! 凄いよ!! 本当に『芳蕗の技』だ」


「それほどでもないですわっ」


 フォルテは満面の笑み、かつドヤドヤであった。



 きしゅぅぅん



 文音とフォルテが気を抜いた瞬間、電池が切れたかのようにオゥラくんは膝を付いて停止した。


「あっ」


「ああっ、先ほどまでの一体感が、どういうことですの?」


「うーん」


 見れば、文音の「指貫グローブ」が光を失い、元の黒一色に戻っている。


「長時間持たないのか、それとも気合の程度なのかな?」


「……やはり、これは聖女様のお力なのでしょうか」


「まさかと思うけど、私が聖女とか言うわけ?」


「逆に、わたくしとしてはフミネが聖女でないことが、あり得ないと思っていますわ!」


「ええっ!?」


「ただ、そうなると、色々と問題もありますわね」



 そう、フォートラント連邦王国には、現在まで伝わる2つの聖女伝説が存在している。


 一つは、現王国の基礎となった『救国の聖女』または『建国の聖女』、サヤーカ。そしてもう一つはフィヨルト大公国にて過去最大の甲殻獣氾濫を阻止した『暴虐の聖女』フミカ・フサフキ。特に後者はその後の甲殻騎の成立とともに、非常な功績を残している。


 さて、そんなところに、フサフキを名乗る人物が現れた。どうなることやら、特に中央の反応は。



「フミネさん。とても大切なお話がありますわ。聞いていただけますかしら?」



 政治的なやり取りを好まないフォルテがそう言っても、仕方のない状況であった。


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