第5話 両翼が揃う時





 4年ちょっと前のことだ。


 大学合格のお祝いに、文音は中古の軽自動車を買ってもらった。とはいえ、おっちゃん(兄、文雄、当時20歳)も高校卒業祝いで似たような車を買ってもらっていたので、これはもうイニシエーションみたいなものだ。ちなみに芳蕗家で所有する車両はこれで5台。あるあるである。


 その時におっちゃんは文音に、プレゼントを渡した。それが「黒い指貫グローブ」。本当なら自分の愛用の物を送ろうかとも思ったが、新品が良いと普通に言われてしまったので、仕方なく送ったものだった。


 以来、4年とちょっと。文音は車を運転するときに、それをスチャっと装着していた。もちろん、誰かを同乗させるときは使わない。



 そんな「指貫グローブ」が光を放つ!



 ◇◇◇



『……! ……!!』


『動いてくださいませ! わたくしは助けたいのですわ。お願い!』



 両手が輝き、正確には指貫グローブだが、操縦桿を握りしめた時、声ならぬ声が文音には聞こえた気がした。なんだこれ、と思いはするが、後者の声はフォルテのものに感じられる。ならば前者は。



 まさかオゥラくん!?



 果たして甲殻騎に意思があるのかどうか、文音には分からない。異世界だからあってもおかしくないという、これまでのオタな経験が言っている。だけど今は、それをどうこう言っている場合ではない。


 文音には、両者の声らしきものが聞こえる。いや、どうしたいのかが分かるような気がする。


 そして、目の前に光り輝く両手がある。ならばやることは、決まってしまう。


 振動の中、文音は目を閉じて、意識を声に届くように念じた。


「ここだよ」


 紡ぐ。両者が手をつなぐことが出来るように、誘導する。二人の手首を掴み取って、強引だけど近づけてみる。


 そして、指先が触れ合った。



 ずどおぉん!!



 突然、その甲殻騎が大地を踏みしめる。力強く、腕を着く。2本の脚と1本の腕が制動をかけ、屹立する。



「なんですの? なんですの、これ」


「えっと、オゥラくん、でしょ?」


「それはそうですわね。でも何故?」


「分からないけど、なんか分かった」


「なんですの!?」


「さあ、ここからはフォルテとオゥラくんの見せ場でしょ? 思い切りやったって!!」


「……フサフキ、聖女、……そういうことですの?」


「ん?」


「答え合わせは後からですわねっ! 今はっ!!」


「そうだよ。やろう!」


「ですわ!!」



 ◇◇◇



 衝撃を殺しきった、甲殻騎が立ち上がる。オゥラくんは立ち上がる。


 今までのギクシャクとした動きは消えた。ゆっくりと、ゆったりと、それでいて自然に立ち上がった。


 全高約7メートル。全幅はだいたい5メートル。意外とスリムで、手足は長い。手首も足首も存在していないが、肘、膝、背中には分厚い攻撃的な装甲が為され、両手首には槍の穂先の様な突起が備え付けられている。色は、濃灰色。それが今は、薄く濃い青色に輝いている。


 構造部材はとても金属には見えない。甲殻騎の名の通り、鈍く艶を持つゴツゴツとした素材が使用されていて、ロボットと言うよりは昆虫的なイメージに近い。勿論人型ではあるのだが。


 そして、搭乗席は両肩の中央部に凹んだように、透明のキャノピーが取り付けられ、そこに二人が座っている。つまり頭部は無い。完全に操縦者の直接視野による操作形態だ。



 それが甲殻騎。



 この世界における人類最強の存在。



「わたしは、フミネ・フサフキ! よく分かんないけどここにいる!!」


 突然文音が名乗りを上げた。それを受けてフォルフィズフィーナ、いやさフォルテはピンとくる。


「わたくしは、フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント! 辺境大公フィヨルトが一女!!」


「そしてぇぇ!」


 ノリの良い文音。そしてまたそれをノリよく受け止められるフォルテ。要は二人そろってノリノリということだ。テンションが上がっていく。



「この子は第四世代ファラスト型中級甲殻騎! その名も『オゥラくん』、ですわ!!」



 二人の啖呵が、甲殻牛に叩きつけられた。待っていてくれた甲殻牛も偉い。


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