第4話 格好良さが交差する





「すっごい!」


 頬を吹き抜ける風を感じながら、思わず文音は大声を出した。跳躍という言葉では足りない。飛んだとしか感じられなかった。


 3秒経たずに着地したのは、先ほどフォルフィズフィーナが放り出された『ロボット』の肩の上だった。距離にして15メートルくらいか。一人の人間を抱えたまま、この距離をひとっ飛びしてしまうこの世界の人間に文音は驚愕する。彼女が特別なのか、それとも。


 着地して直ぐにフォルフィズフィーナは、文音を降ろす。思わず膝を着いて斜め下から見え上げたフォルフィズフィーナの横顔は、凛としてとても、とても。


「かっけえ」


「かっけぇ?」


「ああ、ごめん。格好良いってこと! うんっ!!」


「嬉しいことを言ってくださいますわね!」


 褒められる事が大好きなフォルフィズフィーナが思わず胸を張り、それをまたさらに格好良いと思ってしまう文音である。


 そしていつの間にか、敬語が外れていることに文音はまだ気づいていない。



『グガアアァ』


 甲殻牛が起き上がり叫び声をあげた。怒ってる。目が真っ赤だ。距離にして20メートル程だろうか。


「ひぃっ」


「すぐに騎体を起こしますわ。乗ってくださいまし!」


「乗るって……」


「左翼席。後ろですわ!」


 フォルフィズフィーナが半ば無理やり文音を後部座席に座らせ、自らは前の席に座る。騎体は横向きに倒れているため、なんとも着席しにくい状態だ。事実、文音は座るというかすがりつくような体勢になってしまっていた。



「起こしますわよ!! しっかり捕まっていてくださいまし!」



 きしきしきしきし!



 甲殻騎の動作音は独特である。各関節を守っている関節包が甲殻に擦れるためだ。


 フォルフィズフィーナの操作する甲殻機、オゥラくんの動作は緩慢で、ぎこちない。ゆっくりと立ち上がろうとする。そこでまた、甲殻牛の突進がぶちあったってしまう。



 どおっん!



「きゃあああ」


「くっ!」


 再び席から飛ばされることはなかったものの、オゥラくんは尻もちをついてしまう。それでも両腕で、甲殻牛を拘束する形にはなっていた。


「あ、あのさ」


「なんですの?」


「降りて戦ったほうが強くない? 逃げるとか」


「出来ませんわ!」


「どうして!」


「わたくしでは、中型の甲殻牛は倒せません。それに、あなたを置いて逃げることも致しません! もちろんこのオゥラくんも!!」


 それが、フォルフィズフィーナの矜持だ。逃げることはしてもいい。だが、捨てて逃げることは許さない。許されないではない。フォルフィズフィーナ自身が許さないのだ。


 そしてその心は、文音にも伝わった。わざわざ崖から落ちてきて、それでいて文音とこのロボットを置いていけないという。この派手な見た目の偉そうな人は、『格好良い』。


 芳蕗の一族は格好良さを旨として、尊ぶ!!


 すなわち彼女、フォルフィズフィーナは心を同一とする人物であると、文音は胸に刻み込む。


「……わたしに協力できることってある?」


「分かりませんわ!」


 フォルフィズフィーナは「無い」とは言わなかった。まだ文音が何たるかが分かっていない以上、軽々しく何もないなど、言えないからだ。


「ですが、そうですわね、座席に座って、操縦桿を握って応援してくださいまし!」


「応援、分かった。全力で応援する!!」


「ふふっ、貴女は素敵な方ですわね、中央の連中に見習ってもらいたいほどですわっ」


「良くわかんないけど、まあ頑張る!」



 そうして、甲殻牛とオゥラくんの押し合いが始まる。背の高さで勝るオゥラくんであるため、しゃがんだ姿勢のままで、甲殻牛の頭を押さえつける様に力を込める。甲殻牛はそのまま硬い頭を叩きつけようと踏ん張る。


 ふと、均衡が崩れた。甲殻牛の押し切りだった。胸に一撃をくらったオゥラくんが吹き飛ばされる。


「うああああ」


「ぬぅあああああ」


 ゴロゴロと転がりながら、二人はそれでも必死に席にしがみついている。


「大丈夫ですか?」


「うん、なんとか……て、フォルさん! 怪我してるじゃない。血が出てる!」


 フォルフィズフィーナの額からは、血が流れていた。


「軽傷ですわ。フォルさんは止めてくださいまし。わたくしはフォルフィズフィーナ。フォルテとお呼びになって」


「フォルテ、来る!!」


 甲殻牛がトドメとばかりに突っ込んでくる。横たわったオゥラくんの頭部、つまり操縦席に直接ブチかましを入れようとしている。



 ◇◇◇



 思わず文音は、操縦桿を握りしめる。


 助かりたい。助けたい。こんなところで死にたくない。死なせたくない。


 フォルテというこの子を助けたい!!



 その瞬間、文音の両手にはめられていた、「黒い指貫グローブ」が青い光を放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る