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軽くあしらわれてしまった。もう素直に感謝しとくか。兄さんは誤魔化すようにヘロっと聞いてきた。
「ところで宿は決まってんのか?」
「…ご覧の通り小さいものでねぇ」
下から睨むと冷や汗を垂らして青い目を気まずげに逸らす。気軽に地雷を踏まないでいただきたい。
「ウグ…そ、そうか、あーあれだ。俺も今から宿へ行くんだが人数増えりゃ部屋代が少し浮くんだ。どうだ、一緒の部屋で良ければ」
渡りに船とついて行くことにした。
兄さんの決めていた宿はさっき閑静な広場で見たところよりグレードは落ちるが大きくて清潔そうなとこで、気さくな夫婦が営んでいる宿だった。ここらへんは庶民の下町で、最初に行ったのは貴族御用達だったらしい。なるほど、年齢にもまして庶民の俺が気軽に利用するような宿ではないね。
「じゃあ食事は下の食堂で、お湯はそこの魔石洗面で使っとくれ」
「わかった」
「ありがとうございます」
宿の女将さんに二階の角の部屋に案内され、ベッドに腰掛けると力が抜けるような気がした。緊張してるつもりはなかったけど…。
「ふう」
学校の屋上から召喚に巻き込まれたから、荷物なんて宰相さんにもらったお金の袋しかない。なくさないようにベルトにくくりつけていたそれを外し、制服の襟元を緩める。
「そういや変わった服だなそれ」
「え、えーそうですね。ちょっと用があってそれ用の正装だったんで」
「へえ」
やば、そっか。高校の制服はこの世界にしたらおかしな服なのかも。明日買おう普段着。
「さっきの焼串で俺はいっぱいになったんでお湯を使わせてもらおうかと」
「俺は足りないから食堂に行ってくるぜ」
このあとどうするって話になって少しの間別行動になった。
一人になって学生服の上着を脱ぐともう一段肩の力が抜ける気がする。シャツは似たような服を広場で見かけたから大丈夫だろう多分。下は…まあそんなに変わってないと思う。靴は…スニーカーだから変わってるかもしれないけどいきなり初めての靴に変えたら靴擦れしそうだし保留で。上着を畳んでお金の入った袋と一緒に枕元にまとめておき、洗面に向かった。
カーテンがついてる扉のない小部屋には明り取りの窓があるけど透明度の低いソーダガラスに見える。無色透明より柔らかな青味のあるガラスが俺は結構好きだな。
女将さんは魔石洗面って言ってたっけ。水受けのボウルが乗った台とその上に据え付けられた蛇口っぽい管がある。蛇口っぽい管の根本についた石が魔石なんだろう。マルカバスターっていうなんか金平糖みたいな形の石だ。薄い水色のと薄い赤色のとがついている。おそらくこれで水とお湯が出るってことだな。ボウルの底に嵌める栓を確認してそっと魔石に触れると液体が出た。
「おおお」
手を離すと止まる。赤がお湯で青が水だ。それぞれ少しずつ出してちょうどよいところで止める。両手ですくって顔を洗いポケットにあったタオルハンカチで拭く。ポケットには他にチャリンコの鍵だけがあった。趣味のレジンクラフトで作ったキーホルダーがついてる。きれいなサイダー飴みたいな色に出来たペンデュラム型で、気に入ってるやつ。そういや鉱石や魔石風を思い受かべながら頑張ったっけな。
体も洗いたかったけど、ここに風呂はないようだ。変わりに大きなたらいと桶がありそこに湯をためて使うようだ。でも手持ちのハンカチじゃ小さいしまだ一日だけなら大丈夫だろうと止めといた。明日の買い物リストにタオル…手ぬぐいか、も追加だな。栓を抜いて水を流すとドアがノックされた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
顔をのぞかせたのは兄さんだ。そろそろ名前を聞くべきだな。
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