第3話 歌えない私と歌ってくれた学級委員長

「何歌うー?」

「校歌でもいいぞ」

どうしよう、どうしたらいい?歌いたくない私はパニックになります。どこからかマイクが回ってきて、膝の上にポンと置かれました。そのマイクを掴んで声を上げました。

「ごめん、歌えない、パス!」

すると、「パスなんてないよ!」「ずるいぞー」「みんな歌ってきてるよ」

様々な声が飛び交い、早く歌えと言っています。それでも歌えなかった私。

このバスを飛び降りて逃げ出したいような、隠れてしまいたいような、泣きたい気持ちになりました。


カラッと「ごめーん、音痴だから勘弁!」とか、「音痴だから耳を塞いで聞いて」とか、明るく言って歌えば良かったのでしょうけど、笑われるのは嫌だ、笑われたくない。当時の私にはその気持ちしかありませんでした。


私が頑なに歌わなかったことで、しりとりゲームの進行が止まってしまい、重苦しい空気が流れ始めた時でした。

「ほーい」

後ろの方で誰かが手を上げます。学級委員長でした。


「T子と俺は同じ名字だから、代わりに俺が歌うわ」


委員長はそう言います。

「えっ!?」

一瞬私は委員長が何を言ったのか分かりませんでした。マイクを握りしめたまま彼の方を向くと委員長は「俺が歌うから、マイク」と手を出します。

言われたままマイクを渡すと彼は曲をリクエストして歌を歌い始めます。周りのみんなが「委員長カッコいい!」「いいぞー」と声を掛けます。彼はピースなんかしながら堂々と歌ってくれました。


私はその間も恥ずかしいやら情けないやらで彼の方を見ることが出来ませんでした。

彼に救われて歌わなくて済んだけれど、こんな状況にしてしまった嫌悪感からずっと落ち込んでいたのです。


彼にありがとうと言わなくちゃと思いながらその機会をうかがうのですが、人気者の彼にはいつも友達が囲んでいてなかなか近づけませんでした。

ありがとうを言うタイミングを逃したまま遠足は終了してしまいます。

普段の学級生活に戻っても私に彼の側に行く勇気がなかったためにありがとうを言えませんでした。

「ありがとう」の言葉を胸の中に収めたまま私たちは小学校を卒業してしまいました。

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