第2話 遠足のバス

小学6年生の時の遠足、だと思うけど、もしかしたら修学旅行だったのかもしれない。

しっかり覚えているのは貸し切りバスの中だったってこと。

出席番号順に二人ずつ男女別に座って、私は後ろに近い場所の席でした。


担任の先生は運転席の後ろに座っていて、左側の一番前はバス酔いをする子が座らされていました。

皆いつもよりテンションが高くて、ワイワイ騒ぎながら楽しく過ごしたことは、誰でも小学生の頃の思い出として残っているのではないでしょうか。


バスの中では、バスガイドの方が歌を歌ったり、観光地を案内したり、ゲームをしたり、様々なイベントを用意して子供たちが退屈しないように工夫されていたように思います。

私も楽しかったのを思い出します。

その日ばかりは皆と同じようにはしゃいで、興奮して、笑って、非日常のような時間を皆と共有しているのが嬉しかったのです。


その時までは。

あのゲームが始まる前までは。


それは、どんな言葉だったかよく覚えていません。

しりとりだったのかな?しりとりで負けた者が歌を歌うみたいなゲームが始まりました。

前の列から順番にしりとりが始まります。後ろになればなるほど難しくなっていきました。一度言った言葉は二度と使えないハンデもありました。

その時の私はどんな気持ちだったか、今もよく覚えています。しりとりが怖いのではなく、歌を歌うのが嫌だったのです。


私は聴覚障害を持っていたので、ドレミファソラシドの音階が分かりません。どれがドの音で、どれがミで、どれがファ?

そして、その高低とはどんなもの?

歌が上手いって、歌が下手って、どんなことを言うのでしょう。

私が分かるのは今私が歌ったら皆が笑う。それだけのことでした。


私にしりとりの難しいのは来ないで欲しい。私が歌を歌うような状況にならないで欲しい。今にも心臓が飛び出さんばかりにドキドキしながら自分の順を待っていました。


でも、神様は意地悪。

私に回ってきたしりとりは「る」だったのです。

「る?る?るって何があったっけ!」

「えーっ!!る?」

冷静に考えれば出たかもしれない。

なかなかないですよね、る、なんて。


しりとりを言えないでいる私を周りの同級生たちが囃します。

「歌だー」

「歌を歌ってー」

「何歌う?」

頭の中が真っ白になりました。





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