廿楽あいかと秘密の作戦 5/5話
昼食を食べ終わった僕たちは、とりあえずそれぞれの店を見て回ることにした。
「あいか、今欲しいものってないのか?」
「欲しいもの……」
せっかくショッピングに来たのだ。何か買うつもりで回る方がいいだろう。
あいかの私生活を知っているわけではないが……学校生活だけを見ていても、彼女には色々足りないということくらいわかる。きっと今なら欲しいものもあるはずだ。
僕の問いかけにあいかは顎にてを当てて考え、やがてぽつりと呟く。
「……私服、です」
「……あー。なるほど、私服ね」
あのあいかが欲しいものを挙げている。以前の彼女からすれば、すごく成長したなあと思わざるを得ない。
僕からしても喜ばしいことなんだけど――私服かぁ……困ったな。
正直、女子の服を選ぶセンスなんて僕にはない。なんてったって、今までそんな機会なかったからね! ……なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。
それに……きっとこいつのことだ。僕が選んだ服を迷わず購入してしまう可能性がある。そんなことになってしまえば、僕のセンスの無さが斎藤たちに知られてしまうというわけだ。
「……ちなみに、今はどんな感じの服を持ってるんだ?」
ならば、情報を集めるのが一番の得策だ。
まずは小手調べ。さて、どんな回答が来る……? 意外と可愛い系? それともきれい系? はたまた……背はそれなりにあるから、カッコいい系か?
さぁ、どんなものでも来い。今の時代にはウェブ検索という力強い味方がいるんだ!
「いえ、持ってません」
「……は?」
「外出用の私服と呼べるものは、今現状で持ってません」
「…………」
唐突の爆弾発言に思わず唖然としてしまう。
「つまり……何も持ってないの?」
「はい」
「お前、外出してないの?」
「はい」
「……もし外出する用事ができた時はどうしてるんだ?」
「制服があります」
いや、確かに高校生の制服はファッションの一部だなんてよく言われるけどさ。
しかし……完全に予想外だった。まさかの参考資料が何もないだなんて。
いくらウェブ検索しようにも、空白じゃ何も引っかからない。
あの完全無欠だと思っていた味方を倒せる攻撃が存在するだなんて……。
こうなったら……残された方法は、ただ一つ。
「………………ま、また今度」
「?」
「また今度にしようっ。ほら、斎藤とか新島さんたちとかいる時にさっ」
僕が出した選択肢は……後回し。自分一人で対処できないことは、他の人も協力してくれる時まで後回ししておく。無理に遂行するよりも賢い方法だ。
……それは『逃げ』とも言えるんだけどね。
「それは構いませんが……なぜですか?」
「いやほら、あいかは私服持ってないんだろ? ってことはさ、私服初心者というわけだ」
「そうなりますね」
いや、自分で言っておいてなんだが、私服初心者ってなんだよ。意味わかんねえよ。
「やっぱり最初は色んな人の意見を聞いた方がいいと思うんだ。だから、僕だけの意見に片寄るのは良くないと思うんだ」
「……なるほど」
おっ、それっぽいこと言ったら納得してくれそう。よし、もう一押しだ!
「それに――あいつらの方が僕よりセンスあるしさ」
「…………」
……あれ? おかしいな、あいかの動きがピタリと止まったぞ。
「………………私はそう思いません」
「……へ?」
「私からすれば、陽太はセンスあると思います」
「えぇっ!?」
ここで反論来るの!? 当の本人が一番驚いてるよ!?
「陽太はいつだって身だしなみがきちんとしています」
「いや、うん、それはきちんと心掛けているね……」
「私物も別に変なセンスをしてるだなんて思ったことありません」
「あぁ、そう言ってくれるのはすごくありがたいんだけど……」
「なんですか」
「……それ、男のセンスだからだよ? 女性向けのセンスはほぼ皆無だよ?」
「そんなことありません」
「何を根拠に!?」
「私は陽太を信頼してるからです」
「僕への信頼、厚すぎない!?」
「そんなことありません」
っていうか……もしかして、怒ってるのか?
「大丈夫です、陽太の選んだ服ならば必ず買います」
「あっはっはっは! そう言うかもと予想はしてたよ!」
「そうですか」
「――だからこそ、嫌だって言ってるんだけどな!」
「なぜですか」
「なんでも、だ!」
あぁ、やはり僕の予想は正しかった。こいつ、どんな服でも素直に即買いするぞ……。
「はぁ……悪かったよ。僕にセンスがないなんて言い方してさ」
「……はい」
なんで僕、自虐に対して謝ってるんだろう……? でも、こうでもしないと納得しないだろうしなぁ……。
「僕が言いたかったのは、女性ものの服はよくわからないから、そういうのは女子に訊いた方がいいってこと」
「……なるほど」
あいかの口調に落ち着きが取り戻されていく。ほっ……。
「いや、僕から欲しいものを訊いておいて、却下するのは本当にごめん。他に欲しいものはあるか?」
「そうですね……」
一度断ると、次は断りづらいけど……流石に私服以外なら難しいものなんてないはず。
再び考えるポーズをして固まるあいか。数秒後、その口が開かれる。
決まったか。さぁ、来い!
「じゃあ……下着を」
「はい却下ー!」
断った。即断った。
いや、これは断らないとダメだろ。
「……なぜですか」
「むしろ、どうして断られないと思ったんだよ!」
「難しいことじゃありません。陽太は色を指定するだけです」
「本気!? 本気で言ってるそれ!?」
「ちなみに参考程度に言いますと、今日の私の下着は――」
「わぁぁー! いい、いい! 言わなくていい! っていうか、言うな!」
「なぜですか」
「お前には恥じらいってもんがないのか!」
今度こいつの親に会った時、何か一言言ってやった方がいいかもしれない。
「……陽太、意外とワガママですね」
「えっ、いや、僕のせいじゃないような……えっ?」
そっちが無理難題ばかり吹っ掛けてくるからではないのだろうか……?
「では、陽太が決めてください」
「……え、僕?」
「はい。陽太が私に必要なものを選んでください」
「えぇ……」
それは……これまた、ずいぶん難しいことを。
相手に必要なものを選ぶ――つまり相手のことをよく知ってなくてはいけないという前提条件の下、ベストな選択肢を選ぶことを意味するのだ。
友達歴2ヶ月、私生活も未だ謎に満ちている彼女にプレゼントを選ぶなんて至難の技なんだけど……女性にプレゼントしたこともないし……。
しかしさっきの2つに比べたら、難易度はそこまで高くない。流石にこれは断りづらいので、なんとか彼女に必要そうなものを探すしか――。
「……あ」
しかし……その心配も必要なかった。
あいかを見ること数秒程度。ふと、彼女が持っているモノに目がいく。
それはいつしかの4月、1年もあいかの元クラスメイトだった山田くんが教えてくれたこと……あれ? 田中くんだっけ、どっちだっけ。ま、いっか。
「あいか……そのビニール傘、外だといつも持ち歩いてるよね」
「はい、いつ雨が降ってきても大丈夫なように持っています」
それなら折り畳み傘にすればいいのにとは思うが、やはり大きい方が安心感あるのだろうか……なんてのは、どうでもよくて。
「なら、晴れの日にも使えるのにしないか?」
「? 晴れの日にも……ですか?」
「うん。晴雨兼用傘ってのがあるんだよ」
雨傘としても使える日傘。
普通の傘に比べて性能は劣るらしいが……突然の雨に備えているのであれば、十分に機能するだろう。
「ほら、これとかどうだ? シンプルな白」
「……陽太」
「ん?」
「なぜ晴れの日にも傘を差すのですか? どういう意味があるのですか?」
「……えーっと」
つまり日傘の意味を教えてほしい、ってことか?
僕自身は使ったことないけど、多分紫外線をカットするためだよな……? なんなら、今こそウェブ検索の出番か?
――あぁいや、そうじゃないな。
彼女が訊いてるのは、そういうことじゃないんだろう。
どうして僕があいかに晴れの日にも使える傘をおすすめしたのか――それを訊いてるんだ。
なら……自分の言葉で言わなくちゃいけないよな。
「……似合うと思ったから」
「え?」
「お前に日傘が似合うと思ったから、だよ……」
本音を言うというのは思ったより恥ずかしく、後半はたどたどしい言葉になってしまう。
対するあいかは目をパチクリさせていた。
「いえ、そうではなく」
「……ん?」
「そうではなく、ただ日傘の意味を教えてほしかったんです」
「……………………」
……は、はっず! 僕、自分で勝手に変な解釈して、恥ずかしい本音をこいつに言っただけなの!? いや、超はっずい!
あぁ、今にでも叫びだしたい! 顔から火が出るほど、恥ずかしい!
「……でも、そうですか。似合いますか」
「あぁいや! 今のことは忘れて! 勘違いしたというかなんというか――!」
「いえ、もう大丈夫です」
「……へ?」
あいかはそんなことを言うと、僕が手に持っていた日傘を奪い取る。
そしてそのままレジに一直線へと向かっていった。
「買ってきました」
「お、おう、そうか……でも、いいのか? 他にも色んな種類や色があると思うんだが――」
「いいんです――陽太が『似合う』と思って選んでくれたこれが、一番いいんです」
「…………」
……なんでそんな恥ずかしいことを堂々とした態度で言えるのかな、こいつは。
むしろ訊いてるこっちが恥ずかしくなってきて、顔を隠すように深く帽子を被った。
***
てっぺんに昇っていた太陽が降りかけている時間に、僕たちはバスから降りた。
「閉会式が午後4時だから……歩いても間に合うな」
「はい」
「……それ、そんなに気に入った?」
「はい」
あの後、あいかは外なら常に日傘を差していた。いや、気に入ってくれたならいいんだけど……まぁ僕が払ったわけじゃないから、そんな偉そうなこと言えないんだけどさ。
……でも、やっぱり似合ってるなぁ。
なんだか機嫌が良さそうなあいかを見て……ふと、思い返す。
廿楽あいかはロボットだ――という噂を。
確かに彼女は変わってる。恥じらうべき行為を平気でしようとするし、異様に頭いいのに何処か抜けてるし、いつもは何もしようとしないのにやる気が入ると途端に謎の行動力が発動するし。
……でも、それは果たしてロボットだと言えるのか?
席から動かないわけじゃない、昼食も食べるようになった、無表情だけど無感情というわけじゃない、成績優秀だけど何もかも優秀というわけじゃない。
あいかのことを知らないような連中の噂なんかより……たった2ヶ月間だけど一緒にいる僕の方が信憑性が高いんじゃないのだろうか?
――私、ロボットですから。
彼女も噂のことは知っていて、自らそう述べている。
……でも、彼女が本当に言いたいことはそうじゃないのではないだろうか?
僕があいかに近づいた最初の目的は……『廿楽あいかは本当にロボットなのか』だった。
なら……そろそろ結論付けてもいいんじゃないだろうか。
「なぁ、あいか。お前さ――」
あいかに語りだそうとした――その時。
「うおっ……!?」
ものすごい勢いで走ってきたトラックが僕たちの横を通り過ぎる。
その瞬間――運悪くあった水溜まりが僕に向かって飛び跳ねてきた。
「…………」
唖然とする僕に、トラックは止まることなく過ぎ去っていく。
……おいおい、今のは良くないじゃないか? 歩行者に跳ねた水をかけると罰則だって、どこかで聞いたことあるぞ? というか、今の絶対速度違反だよな? ここ、40km道路だぞ?
一瞬にして怒りの感情が込み上げてくるが――クールダウン、クールダウン。こういう時こそクールダウンだ。
今はまず、あいかには水がかかってないことを誇りに思おうじゃないか。ふっ……車道側を歩くという紳士的な行動がこうも彼女を助けるとはね。
「あいか、大丈夫――」
「陽太っ!」
「うぉあっ!?」
余裕をもった態度であいかに接しようとした瞬間……被せるようにしてあいかが僕の両肩を掴んできた。
「大丈夫ですか、陽太!?」
「え、あ、うん。僕は平気だけど……」
むしろ僕が心配され、しどろもどろで答えるが……あれ? こいつのこんな大声、初めて聞いたぞ?
いや……この感情的な態度、前にもあった。確か、僕が熱出して休んだ時――。
「陽太、陽太っ……!」
「あいか……?」
様子がおかしい。
体が異常なほど震えてる。こんな声、初めて聞いた。
まるで、何かに怯えるような――。
「い、いや……!」
「おい……おい! どうした、あいか!」
――一体、何が起こっている!?
「――いやぁぁぁああっ!!」
「あいか――あいかっ!」
僕の必死な問いかけに――彼女は応えてくれなかった。
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