廿楽あいかと秘密の作戦 4/5話

 大和田駅から電車に揺られること約15分。僕たちは春日部駅へと降り立った。

 某アニメの聖地として有名だが、伊勢崎線に乗り換えられる駅でもある為に利用者は結構多い。


 駅周辺もそれなりに商業施設が複数建ち並んでいて、僕はあいかを連れて歩くこと約5分。駅近くにあるショッピングセンターへと向かった。


「まずは……ご飯でも食べるか?」


 時刻は11時になったばかり。少し早いが、お昼という選択肢を振ってみる。


「…………」


 のだが、あいかの反応はあまり芳しくない。


「どうした? 流石にまだお腹減ってないか?」

「いえ、そういうわけじゃありませんが、その……」


 と、彼女にしては珍しく俯き加減で口ごもる。


 ……あぁ、なるほど。

 今まで自分から行動してこなかった彼女にとって、ズルして遊ぶという行為は戸惑ってしまうのだろう。


 学校をサボる。平日の日中から遊ぶ。普通の高校生なら、他では味わえない背徳感に満たされる。熱が出て学校を休んだ時の僕のように。

 だが……普段が真面目であればあるほど、背徳感より罪悪感の方が勝ってしまうのだ。今まで娯楽に触れず、ずっと席から離れないという高校生活を送っていたあいかなら尚更だろう。


 しかし、困った……落ち込んでいる彼女の気晴らしの為にこの計画を立てたのに、当の本人が楽しめてないのでは意味がなくなってしまう。何か方法はないだろうか……。


「……ん?」


 と。

 ショッピングセンター一階にあるカフェ。そのテラスに女性グループが暢気にお茶をしているのが見える。

 いや、別におかしなことじゃないんだけど……なんか見覚えがあるような……?


 疑問に感じながら、近づいてみる。


 毛先へ向かっていくにつれて茶髪から金髪に変化しているツートンカラー、見間違えようのないシルエット。


「あれっ」


 お互いの顔がわかるまで近づいた時、相手――新島さんも僕たちに気がついた。てか、やっぱり新島さんか。


「廿楽さんと……佐藤くんじゃん!」

「なんであいかの名字はさらっと出てきて、僕の名字は間違えるの……」

「あぁ間違えた、加藤くん」

「……武藤ね」

「そうそう、武藤くん」


 僕、そんなシュガーってイメージ強いのかな……?


「こんなところで何してんのー? 体育祭、サボっちゃダメだぞー?」

「いや、それはお互い様というかなんというか……」


 しかし、こんな偶然があるとは……。


「武藤くん? ほんとだ、武藤くんじゃん」

「廿楽さんも一緒じゃんー」


 新島さん以外の二人も僕たちの顔を見て反応する。確か……沢田さんと宮下さん。二人も斎藤や新島さんと日頃つるんでいるクラスメイトだ。


「二人もこっち来たってことは……大宮トラップ知ってたんだ?」

「あ、うん、まあ……」

「へぇー、やるじゃーん。大宮トラップはねー宮下がバレてから見回るようになったんだよー」

「いや、最初にバレたのは私じゃなくて先輩ね?」

「あれ? そうだっけ?」

「更に言うと、私がバレたのは沢田ちゃんのせいだからね?」

「あれれ?」

「忘れたとは言わせないよ?」

「あっ、忘れたといえば。宮下の世界史のノート、まだうちにあるわ」

「それは持ってこようね??」


 ……じょ、女子の会話スピードについていけない。いや、これが陽キャの実力か……!


「てか、廿楽さんもサボるんだー。いがーい」


 今度はあいかへ話題が振られる。


「そういえばそうだね。どうした優等生、反抗期か?」

「いえ、私は陽太に誘われたので」

「陽太? どなた?」

「陽太、です」


 おい、こっちを指差すな。いや、確かに僕は陽太だけどさ。


「……武藤くん? 武藤くんに誘われたの?」

「はい」

「えっ、じゃあ廿楽さんもここにいるのは、武藤くんが理由で?」

「はい」

「「わぉ」」


 わぉ、じゃねぇんだわ。


 正直すぎるあいかの回答に、矛先が僕へと向けられる。


「ヘイ、ミスター武藤? 廿楽さんが言ってることは間違いなし?」

「いや、その、確かに間違ってないんだけど……先に誤解しないように言っておくけど、あいかとは――」

「あいか!?」

「あいかだって! あいかだって!」

「お互い名前で呼び合ってるとか、もう確定じゃん!」


 おい、人の話は最後まで聴けよ。

 なんて僕の願いは届くはずもなく、女子二人がキャイキャイし出した。


「そ、そういえば! みんな私服なんだね!」


 このまま変な流れにあいかへ質問される前に、慌てて話題を変える。


「んー? そりゃ、私服じゃないとバレるからねぇ」

「え? バスから大和田駅まで行ったんじゃないの?」

「いやいや、そこまで面倒なことはしないしない」

「私達がやる手口はいつも一つだよー」

「正面突破、っていうね」

「…………」


 ヤバい。ちょっとかっこいいと思ってしまった。


「あれっ、でも私服だとバレないもんなの?」

「いや? バレるもんはバレるよ?」

「えっ、だ、だよね?」

「だから――普通科の先生が見回ってる駅の方を使うんよー」

「……あぁ、なるほど」


 僕たち情報電子工学科は普通科の先生との関わりはほぼ皆無である。その顔を知られてないことを利用して、私服で堂々と通ってきたということか。


「あれー、武藤くんたちはわざわざ大和田駅までバスっちゃったのかー」

「うん……僕たちもその手使えばよかった……」

「そだねー。武藤くんも私服姿なら………………いや、バレるな」

「えっ、ど、どうして?」

「だって……武藤くんの私服って、学校の制服と差して変わらないんしょ?」

「なぜ知ってる!?」

「内藤くんから聴いたよん」

「またあいつか!」


 他人の個人情報をベラベラしゃべりやがって……! あのお喋り野郎……!


「まあでも、武藤くんなら容易に想像できるよ」

「なんてったって、シュガージェントルマンだもんねぇ」

「……え? 教師陣でも知られてるの、それ?」

「「超有名」」


 マジか。


「いや、登下校で必ずハットしてるのなんて武藤くんぐらいしかいないっしょ」

「夏服も自前のベスト着てるじゃん」

「これで印象薄いって方が無理あるなー」

「私も陽太を探す時、すごくわかりやすいです」


 女子4人からの追撃。

 あぁ、言われてみればそうか……確かにこういう格好してるのって十中八九僕だけだろうし、目立たない方が無理あるよね……。


「あれ、斎藤は?」

「ユッキー? ユッキーは体育祭実行委員だから、不参加」


 あー……言われてみれば、あいつ立候補してた気がする。


「まー、実行委員じゃなくてもユッキーは来ないだろうね」

「えっ? なんで?」

「だって……あの子、競技観戦するの好きだし」

「……そうなのか」


 斎藤にそんな趣味が……いや、前にVRバスケもよく観戦してるとか言ってたな。それも影響してるのか?


「あと、あの子には……ね?」

「まあ……ね?」

「……? ね、って言われてもわからないんだが? どういう意味?」

「「ひみつー」」


 じゃあ、なんで意味ありげに発言したし。


「それにしても……あの廿楽さんがサボりだなんてねー」

「廿楽さん、ユッキーくらい真面目ってイメージあるからねー」

「……やっぱりいけないこと、ですよね」


 と俯きがちになるあいか……が、三人の反応は違った。


「いや、そこがいいんじゃないか!」

「……え?」

「こうやって、みんなでサボって、お茶しながらお喋りするってさ――なんか楽しくない?」

「……えっと」

「楽しくないはずないよっ! だって、みんな遊びたい気持ちは変わらないっしょ」

「…………」


 三人の意見にあいかは黙り込み、チラッと僕の顔を見て……やがて首を小さく頷く。


「……はい。楽しいです」

「でしょでしょー? いけないことしてる方が楽しいんだって絶対!」

「今度さ、みんなでお茶しようよ! あ、もちろん学校サボってね」


 そこはサボらなくてもいいんじゃないだろうか……?


「……はい。行きたいです」

「っし、決まり! 武藤くんもどう?」

「いや、僕は別に――」

「はい、一緒に行きます」

「決定ー!」

「――行か、な……おい、あいか。なぜ勝手に答えた」

「陽太なら否定すると思ったからです」

「あっ、わかってて言ったんだね!?」

「なので、私が代わりに答えました」

「本人の意見を尊重するべきなんじゃ!?」

「陽太に決定権はありません」

「そんなことある!?」


 えぇぇ……この面子でお茶会するの? 畏れ多いというかなんというか……僕、そんな度胸ないんだけどなぁ……。


「ま、その件はおいおい考えとくとして」

「二人でお出かけっしょ? 楽しんでおいでー」

「違うよ、沢田ちゃん。お出かけじゃなくてデート、だよ」

「あらやだっ。デートだったのね」

「いや、違うからね?」

「まーまーまー。他人のデートを邪魔するほど、うちら野暮じゃないからー」

「新島さんまで悪ノリしないで??」

「つべこべ言わず、さっさ二人で遊んでこーい」

「そーだそーだっ。私たちなんかに構ってるんじゃないよー」


 というよくわからない言葉と共に、新島さんたち三人と別れることにした。


「いやぁ……新島さんたちもいるとは思わなかったな」

「そうですね……ところで陽太」

「ん?」

「お腹、空きました」

「…………」


 集団心理というものがある。大体はあまりいい意味で使われない単語なのだが……今回の場合は、それがいい方向に働いたようだった。


「……確か二階にイタリアンレストランがある。そこでいいか?」

「はい」


 あの三人には、あとでお礼をしなくちゃいけないかもしれないな。

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