廿楽あいかと秘密の作戦 3/5話

「ごめん、待たせたか?」


 午前10時25分。第2ゲート口には既に制服姿のあいかが待っていた。


「いえ、集合時間通りです。私も今来ました」

「そっか。よし、行くぞ」

「はい」


 時計を確認しつつ、僕たちは競技場を出ていく。


 最寄り駅の北大宮駅、大宮公園駅には見回りがいる。くぐり抜けようにも、合流地点が駅である為、絶対見つかってしまう。何がなんでも電車に乗らせない意志を感じる。


 なら、諦めるしかないのか? ――いいや。


 最寄り駅2つが封鎖されているのであれば……一つ隣の駅に移動すればいいのだ。


 だから、僕たちが向かったのは駅とは違う方向の道路。


「……あった」


 徒歩数分。見えてきたバス停に声をあげる。

 そう……使うのはバスだ。10時32分のバスに乗り込み、隣駅の大和田駅まで行く。これなら見回りに絶対見つからない、完璧な作戦だろう。


「……陽太」

「ん?」


 無事バス停へたどり着き、後は待つだけ……という時、ふとあいかが声をかけてきた。


「バスがまだ見えません」

「いや、そりゃそうだろ。だってまだ30分――」


 と、そこまで説明したところで……僕の口もピタリと止まった。


 待て……バスが見えない、だと?


 バスが来るであろう方向を振り向くが、それらしき姿は見当たらない。


 まさか……。


「遅れてる……のか!?」


 バスは電車と違い、時間通りに来ないことが多い。渋滞などの道混みが発生するからだ。


 まずい、交代するタイミングに気を取られ過ぎて、遅れるという可能性を考慮してなかった……!


 すぐさまスマホで調べてみる。到着時間は約5分後らしい。その間に先生たちが来なければ……!


 しかし、運というものは余程意地悪であるらしい。

 そろそろ5分が経ちそうな頃、バスが来る側とは反対側に歩いてくる人物が一人。


「うげっ……!」


 や、奴は……体育教師の越野!

 情報電子工学科の体育教師で、無駄に熱すぎる教師である。


 そうか、交代する教師たちもそれぞれ散らばって戻ってくるのか……しかも、よりによって面倒くさそうな越野とは!


 まだ距離は遠い。越野も僕たちには気がついてないようだが……それも時間の問題だろう。


 ば、万事休すか……!


「……来ました」

「っ!!」


 だが、まだ希望は潰えてなかった。

 あいかの言葉に振り返ると、信号の先に見えるのは……待ちに待っていたバス。


 ――まだ間に合う!


 早く、一刻も早く乗りたい。時速40kmのバスがやけに遅く感じ、時速5kmにも満たない越野の足がやけに速く感じた。


 やがてバスが目の前で停車する。越野のゴツい顔が若干わかるくらい、近づいてくる。


「乗るぞ、あいか!」

「――っ」


 無我夢中であいかの手を掴むと、開いたドアに飛び乗るようにして乗り込んだ。


 奥の反対側車道側の席を選び、なるべく越野に見えないように身を隠す。

 間もなくして扉は閉まり、エンジン音と共に動き始める感覚。


 ……もう大丈夫、か?


 チラリと道路側を見ると――バスは既に越野とすれ違い終わっていた。



「ふぅー……」


 ようやく安全になったのを確認し、長い息を吐く。


「あ、危なかったぁ……なんとかバレずに済んだな」

「…………」

「……あいか?」


 なんて話題を振ってみるが、何故かあいかは黙ったままである。


「……心臓が止まるかと思いました」

「え? ……あぁ、越野見た時か。僕も心臓止まりかけたよ。あいつに見つかったら、なんて怒られるか――」

「いえ、そうではなく」

「?」


 チラリと彼女は自分の手元を見つめる。


「陽太が、手を握ってきたことにです」


 ………………………………。


「あっ、ごめん! つい焦っちゃって! い、嫌だった!?」

「いえ、嫌じゃないです」

「そ、そうか」

「むしろ、嬉しかったです」

「……………………」

「すごく嬉しかったです」

「ちゃんと聞こえてるよっ!」


 あぁ、もう! どうしてこいつは勘違いしてしまいそうな台詞を平気で言えるんだ!


 落ち着け僕。これは友達として。友達として言ってるんだ……!


「陽太。もう一度手を繋いでくれませんか?」

「……嫌だ」

「このバスの中でいいですから」

「嫌だ」

「繋がなければ、今すぐ降りて越野先生に自白しに行きます」

「手、繋ごうか!」

「はい」


 とまあ、ほぼ脅迫のような形でバスにいる間はあいかと手を繋いでいたのだが……ずっと胸の高鳴りが止まらなかったのは、きっと急いで駆け込んだせいだろう。



***



「陽太、質問があります」

「ん?」

「今日行くのは大宮じゃないんですか?」

「おっ、いい質問だね」


 僕たちが乗ったのは大宮行き――とは逆方向の電車である。

 ここら辺で遊びに行くならもちろん大宮……と言いたいところだが、残念ながらそうもいかない。


「大宮駅にもいるんだ、見回りが二人ね」


 そう。北大宮駅と大宮公園駅の他にも、見回りの教師は大宮駅で待ち構えているのだ。万が一包囲網を突破された時の保険だろう。以前突破された経験があるからだろうか、かなり用心深い。


「……それでも、くぐり抜けられると思います。陽太も知ってる通り、大宮駅は広いです。たった二人で監視できると思えません」

「いいや。二人で十分なんだ」

「?」


 意外。こいつなら、すぐ気づきそうなのに。


 確かに大宮駅は県内1位の大きさを誇る巨大ターミナル駅だ。新幹線含めた合計路線数はなんと13路線。乗り入れ路線数はあの東京駅に次いで全国2位だとか。


 となれば、当然改札口も多くなる。中にはデパートに繋がってる改札だって存在する。あいかの言う通り、普通なら二人で見回るなど不可能なのだ……そう、あくまで普通なら。


「あいか。大宮公園駅に来る時、どうやって来た?」

「? 電車ですが」

「何線を使った?」

「東武野田線ですが――」


 と、そこまで言って……あいかの口が固まった。気がついたみたいだな。


「そう。東武野田線の改札口は


 改札口が複数あるのはJR在来線のみであり、東武鉄道の改札口は一つだけなのだ。


「……なるほど。その改札口さえ監視していればいいということですね」

「そういうことだ」


 もし仮に運良く見回りの目をくぐり抜けたとしても、この二人のせいで大宮駅へ繰り出せる生徒がいないのだ。


「まぁ、電車じゃなくてバスって方法もある」

「なるほど」

「ただし、何時に帰れるかは保障できない」

「…………」


 こればかりはどうしようもないことである。さっきのも遅れていたが……あれは大宮駅東口出発のバスだ。


「夕方になるにつれ、駅付近の道路は混み始めるからな。最悪、帰りのバスがいつ来るかもわからない可能性がある」


 だから、今回の目的地は大宮駅じゃないということである。


「すごいです、陽太は頭いいんですね」

「いや、お前に比べたら全然なんだけど……」

「かっこいいです」

「………………う、む」


 その褒め言葉は……素直に受け止めておくことにしておこう。


「では、どこへ行くのですか?」


 大宮駅と逆方面に行くとなれば、行き先は一つ。


「春日部だ」

「春日部……ですか」

「あぁ。行ったことないか?」

「はい、ありません」


 予想通りの回答。だが、心配ない。


「なら、ショッピングセンター行こうぜ。映画館もあるし、色々揃ってるし」

「…………」

「あぁ、確か一階に本屋もあったよな……なんか新刊発売されてないかチェックしないと――」

「陽太、楽しそうですね」


 目的地に着いた時の回り方にあれこれ考えていると、唐突にそんなことを言われた。


「ん? いや、そりゃ楽しまなきゃ損だしな。せっかくサボってるんだし」


 こういうお出かけなど世間一般の楽しみに関して、基本的に斜に構えている僕だが……今回はワケが違う。せっかく苦労して抜け出したんだしな。


 すると、あいかは「いえ、そうではなく」と首を横に振る。


「体育祭を抜け出している、この状況を楽しんでるように見えます」

「…………」

「計画している時もそうでした。いつもより楽しそうな顔してました」

「……いや、こういうことに憧れるんだよ。男子ってのは」


 誰も知らないような抜け道を見つけたり、一度に持てる限界ギリギリの重量の荷物を持とうとしたり。

 そういう、ゲームというか冒険というか……自分の知らない未知のことに挑戦してみたくなるものなのだ。


 僕の説明に「なるほど」と頷くあいか。


「陽太は子供なんですね」


 少年心があると言ってくれ。

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