廿楽あいかと秘密の作戦 2/5話
私立美女木高等学校ほどモチベーションが上がらない体育祭はないだろう。
普通科と情報電子工学科を合わせた全校生徒数は驚異の二千人弱。
そんな数が一斉に体育祭を行うとどうなるか? ……答えは簡単。飽きてくるのである。
やる気があるのは一年生と体育祭委員会くらい。三年生でさえ、最後の体育祭であるのに真面目にやらない生徒の方が多いのではないのだろうか。
小学校、中学校という人数が少ない中で競いあっていた体育祭の方が余程面白かった。クラスが一丸となり、部活競争なんていうパフォーマンスイベントもあったりしたのだから。
しかし……人数が多すぎるが故に、校内ではなく使用するのはさいたま市の比較的広い競技場。
参加する人数上仕方ないことなのだが……観戦してても広いし人数も多いから、何やってるのかわからない。参加している生徒たちも、一競技に参加する人数が多すぎるために競争心が湧かず、ただ運動して終わりという気分である。
しかも、一人一競技という制約。ぶっちゃけ、これのせいで大体の生徒がやる気をなくしているのではないのだろうか。
以上のことを踏まえ、美女木高等学校の体育祭は一言で『退屈』なのだ。楽しそうなのは、観戦に来て学校側からちょっと豪華そうなお弁当を貰っている親御さんくらいだろう。
で、そんな体育祭で生徒たちはどう過ごすのか。
こっそりゲームをする者、ひたすら読書する者、仲がいい同士でずっと話す者……そして、こっそり会場から抜け出して遊びに行く勇者たち。
そう……要するに、自分の競技と最初と最後に行われる点呼の時にだけ顔を出せばいい。それ以外はどう過ごそうが、バレなきゃ問題ないのだ。
そして体育祭当日。昨日の大雨が嘘だったかのような雲一つない快晴日和であり、道端の水溜まりには雲一つない青空が映っている。
野外イベントを行うには絶好調の天気だが、皮肉なことに多くの生徒にとって天気などどうでもいいのだろう。
高校の外に出るということ自体は楽しいので、競技場へ向かう生徒たちは幾分楽しそうである。
大宮公園駅。外装はそこそこ綺麗なのだが、誰もが利用するJRではなく東武鉄道である為か、駅はすごく小さい。近くに公園があるから利用者は少なくないだろうが、それでもこれだけの高校生たちが集まるのも、年に一度なのではないだろうか。
僕は小さな駅に溢れる生徒たちの中から、一人改札付近でじっと待っている女子を見つけ出す。
「よっ」
人混みを掻き分けて声をかけると、待っていた女子――廿楽あいかは僕に目を向けた。
「……おはようございます、陽太」
「うん。おはよう、あいか」
いつもの挨拶。学校外でやるとなんか新鮮だな。
「それじゃ、行こっか」
「はい」
「あっ、そうだ。アレは持ってきた?」
「……はい」
一応念のために確認しておく。
僕の言うアレとは別に変なものじゃない――学校の制服である。
基本的に体育祭は学校指定の体育着及びジャージで一日過ごすもの。制服を着てくる生徒は誰もいない。
……だが、途中から抜け出す人にとっては必須のアイテム。先生たちにバレないようにするためのカモフラージュなのだ。
「じゃあ、競技場に向かいながら作戦を確認しよう」
「はい」
「僕たちが出る競技の大縄跳びは午前の部。よって、抜け出すのはお昼前だ」
もし午前だったら午後から閉会式まで、午後だったら午前から自分の競技までがフリーのタイミング。僕個人としては、午前中にさっさと競技を終わらせた方が午後は楽しめるから、非常に好都合である。
「周囲に先生が彷徨いているが、それも当番制だ。午前10時半に見回りの先生が交代するから、その隙を狙って抜け出そう」
「……ずいぶんと詳しいですね。陽太一人で調べたんですか?」
「いや、こういうのを専門としている情報通が一人いてね。そいつから教えてもらったのさ」
「……なるほど」
代わりに何か思い出話一つを要求されたけど。
まあ何がともあれ、作戦決行は午前10時半。その時までは大人しくしていることとしよう。
***
『以上、大縄跳びでした。次の競技は――』
「ふぅ……」
あぁ、今年の体育祭はもう終わってしまった……。
一人一競技という制約上、午前の部の競技を終えればあとは暇な時間が流れるだけ。つまり、体育祭は終わったも同然である。
結局、勝敗もよくわからなかったしな……適当に連続で跳んで、なんか知らないうちに時間が来て終わっただけだったし。
それにしても、あいかはやはり運動神経がいい方なのだろう。ずっと見てたけど、彼女が縄に引っ掛かった回数は一回もなかったし。
これが普通の体育祭だったら、もっと輝けたんだろうな……。
まあ、そんなことを嘆いていても仕方がない。これが美女木高校の体育祭。人数が多すぎるが故の弱点だ。
無事競技を終えた僕は、自分の荷物が置いてある観覧席に戻って時間を確認……午前10時5分。ちょっと時間がないな。
そっとバッグを持ち出し、一階にあるトイレへ。汗で若干濡れた体育着を脱ぎ捨てて、制服へ着替える。
……っと。その前に、確認しておかないとな。
『見回りは?』
メッセージを送った相手は……もちろん、ヤツだ。
『公園駅側5、北大宮駅側4』
……あー、やっぱ駅は封鎖されてるか。交代のタイミングとはいえ、流石に突破は難しい。
この包囲網、どこに先生が潜んでいるのかわからないのが厄介だ。上手くくぐり抜けようにも、道端で見つかる可能性だって大いにあり得る。場所を決めずに、先生たちの自由に動き回る方が生徒を捕まえやすいだろうしね。
……だが、そのランダム制も交代のタイミングだけは法則性を持つ。その辺をランダムに動いていると交代のタイミングが掴めないから、10時半になると見回りしている全員は駅に集まって次の見回りグループと交代するのだ。その隙を狙う。
『おけ。ありがと』
『頑張れよ』
……ところであいつは会場内にいるのに、どこで見回りの人数を把握してるんだろうか。不思議である。
着替え終えた僕はトイレから抜け出して第2ゲート口へ移動。途中、何人かの生徒とすれ違ったけど、チラ見されただけでスルー。むしろ『抜け出すのか? 頑張れ』というエールを送ってるかのような目で見られた。
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