廿楽あいかと秘密の作戦 1/5話
「――今年のプール掃除の当番は、2-Cに決まりました!」
――そして、とうとうその時は訪れてしまった。
気温が上がり、いよいよ夏も目前となった6月。担任が朝のHRが僕たちに告げたのは、夏前の雑用係である。
プール掃除……一年間放置し続け、青緑と化した大きな水溜まりを洗う年に一度の大掃除。
毎年、美女木高等学校では2年生の1クラスがプール掃除させられることとなる。普通科情報電子工学科含め、各クラスの担任がくじ引きで決めているらしいのだが……まさか、僕のクラスが当たるだなんて。
正直、僕としてはやりたくない。肉体労働をするくらいなら、勉強していた方がマシだ。
「「「っしゃぁぁぁあああああ!!」」」
のだが……周りの、特に男子の反応は僕とは正反対のものだった。
「プール掃除来た!」
「当てたんか!? 当てたんか先生!」
「ってことは授業が二つ潰れるってことなんだな!?」
「やればできんじゃねえか!」
「一番プールだ! 一番に入れる!」
そう――プール掃除にはそれ相応の報酬がある。
まず、授業が二枠潰れる。勉強嫌いな高校生にとって、掃除していれば二時間以上勉強しなくてもいいというのは遊べるのと同意義。
更に、潰れる授業の対象は決まって一般教科。情報系や電子系を学びたい僕らの学科にとっては一般科目など勉強したくもないという意見が多い。
そして学校からの粋の計らいか、そのままプールに水を張って、いの一番に入ることができる。最近暑くなってきたこの季節、汗をかきながら勉強をするより、冷たいプールに入れるというのは至福の時間となるだろう。
……いや、何度も言うが、僕としてはプール掃除は嫌だ。自ら進んで肉体労働なんてしたくないし、プールも魅力的に感じない。確かに涼しいのはいいのだが、別にプールを見たところでどうこうという気分になれないからね。それなら、水辺の近くにパラソルを差して、ゆっくり読書していたい。
……決して泳げないからってわけじゃないぞ。決して。
クラス中が盛り上がる中、あまり喜ばしくないのは僕だけか……。
なんて考えていた時――とあることを思い出す。
それはあまりにも有名な噂。
最近はいつも一緒にいすぎて、すっかり忘れてしまっていたこと。
――廿楽あいかは水が苦手。
プール掃除をするということは……水場に近づくということ。
それは彼女にとって……どんな気分なのだろう。
騒ぎ出す生徒たちの中、前の席に座っているあいかを見る。
相変わらず、微動だにしない背中。きっと表情も変わらずの無表情なのだろう。
……しかし、彼女の気持ちは決して無関心ではないはずだ。
いつも見慣れたはずの背中が……この時ばかりはどこか悲しそうに見えた。
***
「……あいか。紅茶のおかわり、いる?」
「いえ……結構です」
「そ、そう……」
予想通り、あいかはこれ以上ないほどに落ち込んでいた。
いつも通りの放課後。夕日が僕らを照らし、運動部の掛け声と楽器の音が響き渡る放課後。すっかり当たり前となってしまった変わらぬ日常風景なのだが……それでも今日はどこか違っていた。
あいかの落ち込みようは昼休みの時からわかっていた。いつもより食欲がなさそうだったし、紅茶のおかわりもせがまなかったのだから。
こうして二人きりとなった放課後でも、まったく紅茶を飲まない。今日はあいか特に好きなミルクティーだっていうのに。いつもなら異常なほど飲むのに。
落ち込んでいる原因は、ただ一つ。今朝のHRで告げられたプール掃除だ。
彼女が水が苦手だというのは有名な噂。常にビニール傘を持ち歩き、自身でもそう言ってるのだ。プール掃除なんて地獄の他ないだろう。
……でも友人として、いつまでも落ち込んでいる彼女なんて見たくない。
「そ、そういえば、もうすぐ夏休みだな」
「……はい」
「ってことは期末テストも近いってわけか。いやぁ、テスト勉強めんどくさいよなぁ」
「……そうですね」
「……な、夏休み。夏休み、何か予定ある?」
「……特にないです」
「じゃ、じゃあ、僕と一緒に遊ぼうぜ。たまーにでいいからさ」
「……はい」
「…………」
……ダメだ。いくら明るい話にしようとしても、あいかに変化がない。これじゃまるで、4月の時の他己紹介をしていた時の彼女に逆戻りだ。
そもそも……どうして彼女は水が苦手なんだろうか。
苦手となるには、それ相応の出来事があるはずだ。海で波にのまれたことがあるとか、プールで溺れかけたことがあるとか、強い雨風に打たれたことがあるとか。
もしくは――ロボットだから、とか。
本人に訊けば……その理由を答えてくれるのだろうか。
……いや、よくないな。いつも一緒にいたが、こいつ自らそういった話に触れたことがない。ということは、あまり話したくない過去なのだろう。
レディーが嫌がることをするのは紳士じゃないしね。
しかし、そんなことを思っていても今の微妙な雰囲気は変わらない。何か他に手はないか――と思考を巡らせていた時。
ふと、とあることを思い出す。
それはもうすぐ始まる学校行事。一般的な学校だと大きな行事なのだが……うちの学校は人数が多すぎるためか、あまり盛り上がらないイベント。
「そういえば、もうすぐ体育祭だな」
「? ……はい、そうですね」
突然変わった話題に、彼女は首を捻りながらも返答する。
「多分さ、今週中に誰かどの競技に出るかってのを決めるんだろうけど……あいか、やりたい競技とかある?」
「……いえ、特にありません」
予想通り。特に目的がない極めて消極的な彼女だが、今回の場合は好都合だ。
「――なら、さ。一緒の競技を選ばないか?」
「それは構いませんが……一緒の競技にすると、何かいいことがあるんですか?」
「ああ、あるんだよ。一つだけ」
そうか、こいつは知らないのか。
体育祭。それは僕にとっては数少ない楽しみな学校行事。
……もちろん、体育祭という行事自体に興味なんてない。むしろ、その逆だ。
「なあ、あいか」
僕は一呼吸置くと、少し口角を上げる。
客観的に見ると、きっとそれは『悪魔の笑み』……に見えるだろう。
「僕と一緒にさ――体育祭を抜け出さないか?」
「………………えっ?」
僕の提案に――あいかの目が大きく見開かれた。
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