廿楽あいかに隠しておくべきこと 4/4話
5分後。
「う、嘘だ……!」
僕はその場で膝をついていた。
1位、新島さん。2位、斎藤……3位、あいか。
そして二人には勝てると確信していた僕の順位は……もう言わなくてもわかるだろう。というか、言いたくない。
「左手は添えるだけじゃなかったのか……!」
そんなバカな。確かにそう書いてあったのに……! 名言なのにっ……!!
「……陽太は勘違いしてます」
と。
僕に声をかけたのは、意外にもあいかだった。
「左手は添えるだけというのは、ワンハンドシュートのコツであり、シュートの必勝法ではありません」
「なぬっ」
「この距離とゴールの高さなら、陽太がやっていたワンハンドシュートより下投げの方が安定します」
「なぬっ!?」
「シュートはループをかけると入りやすくなりますので、放物線を描くことを意識して打つといいですよ」
「……あれ? もしかして、あいかも経験者?」
やたら詳しい説明に思わず訊いてみると、彼女は「いえ」と首を横に振る。
「大体は体育の教科書に載ってたアドバイスです。後は今試してみて、学びました」
「今の一回で!?」
なんという学習能力……いや運動神経の良さもあるのか。よくよく見てみれば、あいかと斎藤のスコアはそれほど離れてない。
それにしても……あいかって文武両道の天才少女だったのか。もし性格も普通だったとしたら、何もかも完璧な女子高生。僕とは正反対の存在だったわけだ。
「以上の反省点を踏まえて、もう一回やってみましょう」
「うん……うん?」
もう一回? もう一回するの?
「今のプレイで大体コツはわかりました。だから――」
チラリと斎藤を見る。
「次は雪音に勝てると思います」
「……あら。随分と自信ありげだね?」
挑発的なあいかの態度に、彼女もニヤリと笑みを浮かべた。
……ちょっと前から思ってたけど、あいかって負けず嫌いだよな。さっきのクレーンゲームの時もそうだったし。
「で? 君はどうするんだい?」
火花が散っているかのように睨み合う二人を眺めていると、隣から新島さんが声をかけてきた。
「うーん……僕はどっちでもいいよ」
「あれま。随分と消極的だね?」
「別に積極的になる理由なんてないからね。まぁ? 紳士たる者、常に平常心を失っては――」
「――ですから。理論上は背が低い陽太と雪音より、私の方が有利なはずです」
「有利不利より結果じゃないかな? そして――私は武藤くんより背がちょっとだけ高いよ」
「――いけないのだが。どうやら、あいつらに勝たなくちゃいけない理由が出来ちまったみたいだ」
「あれ? 平常心は?」
それはそれ、これはこれ。
クールダウン? ――そんなの、知ったことか。
僕をチビ扱いしたこと、後悔させてやる!
結局僕らは、辺りがすっかり暗くなるまでシュートを打ち続けていた。
***
午前6時。まだ誰も登校してない校内には、冷たい空気が張りつめていた。
第2校舎に向かって歩いてくる音が一つ。歩く度、バッグが揺れる音ですら鮮明に聞こえてくる。
その生徒が自分の靴箱へ向かっていくまでが、普通の行動。だが……上履きを履き替えてから、不可解な行動に出た。
そのまますぐに校舎へ入るわけではなく、バッグから一枚の紙を取り出す。
A4用紙を四つ折りにしただけの、手紙と呼ぶには少々雑すぎるもの。
生徒は自分の靴箱の2つ下の靴箱を開ける。……そう、他人の靴箱をだ。
そっと、紙を忍び込ませようとして――その手がピタリと止まった。
何故かって? ……その靴箱に入ってるのが、上履きではなく靴になってるからだろう。
そう――僕は既に登校している。
「そこに体育館の鍵はないよ、牧野さん」
タイミングを見計らって、階段から姿を現す。
「……武藤」
呆然と立ち尽くしていたのは……予想通りの生徒だった。
派手な金髪の背が高い女子――牧野。
どうして手紙は不定期に送られてきていたのか?
送ってくる犯人は早朝校舎に寄れるタイミングが当番制によるものだったからである。
冬樹は「運動部は校舎に来る用事がない」と推理していたが……実はあったのだ。体育館を使用する運動部には、校舎に来る用事が。
朝練を行う際、当然体育館の鍵は閉まっている。……そう、職員室から鍵を取りに行かなくてはならないのだ。
「体育館の鍵は
「……えっ、そうなの?」
「そそ。うちが部室の鍵を返しに行く時、同じく鍵を返しに来る運動部の子達を見かけるからねー……お気の毒に、同じ校舎の情報電子工学科の生徒ばっかだけど」
という新島さんの情報から、犯人は運動部の可能性もあるということがわかった……いや、むしろそっちの方が可能性が高いと確信づいていた。
犯人が運動部なら、色々と説明がつくからだ。文化部はいつだって手紙をいれるタイミングがあるというのに、送られてくるのは不定期。だが……体育館の鍵を当番制としている運動部なら、不定期な理由にも納得できる。
新島さんの情報を冬樹に伝え、体育館の鍵当番の順番を調べてもらい……同じクラスかつ体育館を使う運動部に所属している唯一の生徒、牧野にたどり着いたというわけだ。
……ただ、わからないこともある。
「どうして、そこまで彼女から離したがるんだ?」
「……っ!」
どうしてわからない疑問を訊いてみると……牧野の表情が強張った。
「……あんたはわかってない。廿楽さんんの事情も、何もかも」
そう吐き捨てると、勢いよく靴箱の扉を閉める……いやあの。それ、僕のなんだけど。
「あいかの事情、とは?」
「……そのうち、わかる時が来る」
牧野は僕の方を一睨みし、逃げるようにして職員室へと向かっていってしまった。
……さて、これでもう手紙が来ることはないだろう。あの三人にはお礼をしとかないとね。
ここから何も起きなければいいんだけど……。
しかし運命というのは残酷なもので、この時の僕が望む平穏な日常など送らせてくれなかったのだ。
――そのうち、わかる時が来る。
さっきの牧野の言葉が、これから起こることを予言していたのかのに。
……ちなみに、牧野があいかに手紙を送らない理由も判明した。
だって、もう登校してるんだもん。朝練の生徒たちより早く登校してるって、どういうことだよ。
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