廿楽あいかに隠しておくべきこと 3/4話

「陽太。このお菓子、通常より大きいです」


 あいかが最初に興味を示したのはクレーンゲームだった。


「こんな大きいサイズ、初めて見ました」

「アーケード専用で売ってるやつだよ、これ」

「なるほど」


 ――チャリン。


 はやっ。

 僕の説明を聞くなり、速攻であいかは100円玉を投入していた。

 こいつ、そんなにお菓子好きだったのか……いや。僕の紅茶を美味しいと言って毎日飲んでくれてるんだし、僕と同じ甘党なんだろうな。なら、今度から何かお菓子も持ってきた方が――って、ちょっと待った。


「あいか、ストップ」

「? はい」


 僕の指示に彼女はボタンから手を離す。

 ……が、クレーンは既に商品へ狙いを定めていた。


「……あー」


 見事なまでにド真ん中。一ミリのズレもなさそうな正確性は、むしろ恐ろしく感じる。


「大丈夫です。この位置なら必ず掴めます」


 いつになく自信たっぷりで宣言するあいか。……いや、うん。確かに掴めるだろうね――持ち上げるかどうかはさておき。


 彼女の言う通り、クレーンのアームはしっかりとお菓子の箱を掴んだ。

 そして……僕の予想通り、アームは持ちあげることなく、箱の側面を撫でるようにして上へと上がっていってしまった。


「……………………………………………………………………………………」


 いや、めっちゃ見つめるじゃん。

 目が「信じられない」と語っているかのように見開き、空を掴むクレーンを黙って見つめる女子がここにいた。


「………………陽太」

「……うん。どうした」

「これ、無理です。取れません」

「うん……最初はそう思うよねぇ……」


 最初なら誰だって抱く感想。あまりのアームの弱さに絶望するよね。

 だが、そのアームの弱さに負けじと挑むのがゲーマーたちなのだ。


「交代だ、あいか。僕がやってみる」

「……はい」


 やや納得いかなそうでありながらも、交代してくれる。


「……さて」


 クレーンゲームは久々だけど……うん、多分いける。

 まずは景品の形状を確認。どこにでも見かけるようなチョコのお菓子。通常の倍以上の大きさとなっており、楕円形の箱を縦に直置きしている。下から掬い上げるのは無理だな。


 次に財布から500円を取り出し投入。


「どうして500円も入れるんですか?」

「この台、500円で6回できるからね」

「なるほど」


 さて、いよいよプレイ。まずは左右それぞれのアームの強さから確認してみよう。


 ボタンを押し、狙いを定める。まずは右のアームがギリギリ箱の側面に沿うように。


「こうやって片方に寄せることで、ずらしながら落とすって戦法だ」

「なるほど」


 アームは狙い目通りの位置に降りる。

 右のアームが閉じようとするが……箱はびくともしなかった。

 右アームは弱い……なら、左アームか。


 しかし、結果は同じ。全く動かない。


「……陽太。なんでここまで難しいんですか?」


 その結果を隣で見てたあいかが訊いてくる。


「まあ、これも商売だからね。逆に簡単にすると、みんな取れちゃうだろ? そうなると、儲からないんだよ」

「なるほど」


 そう、これは商売。この前提を忘れないようにしないと、怒り狂ってしまいかねないからね。常にクールダウンでいなくては。


 右もダメ、左もダメ。……ならば、別の作戦だ。


 残り回数は4回。まだいける。


 意を決し、クレーンを動かす。狙うのは……。


「……よし」


 クレーンが降りていく。開いた右アームの先にあるのは――箱のど真ん中。


 狙い通り、箱の表面にアームが突き立てられる。


 突き立てられた右アームが閉じようとすると……アームの動きに合わせて、箱が半分浮いた。


「……!」


 クレーンゲームは持ち上げるだけが攻略の鍵ではない。如何にしてアームを上手く扱うかであると言えよう。

 ずらす、掬う、撫でる……そして突き立てる、だ。

 この突き立てる技、片方を持ち上げて景品をずらしていくという基本的な技の一つである。


 果たして、突き立てられた箱はアームに引き摺られて大きく横へずれた。よしっ!


 続けてもう一回。これ、上手くいけばあと3回で取れるんじゃ――


「「あ」」


 だが、現実は非情だった。


 続く4回目。さっきと同じ要領で箱ずらしを試みた。いや、箱をずらすこと自体には成功したのだが……成功したことが失敗だった。


 ずれた箱はバランスを崩し、景品が落ちる穴との間で斜めに倒れたのだ。

 プレイヤーたちはこれを『嵌まってる状態』と呼ぶ。


 5回目にて慌てて元に戻そうとするも意味なし。最後の6回目、最後の足掻きとして無理矢理落とそうとするも……結果は変わらず。


「……………………………………………………………………………………」


 まるで「あ、終わった」と語っているかのように口を半開きにし、どうしようもない状態を呆然と見つめるしかない男子がここにいた。



 ……クールダウン、クールダウンするんだ僕。


 財布に手を伸ばしかけた自分にそう言い聞かせ、軽く深呼吸し……くるりとあいかの方へ向き直る。


「とまあ、こんな状態になったらもうどうしようもなくなる。店員さんに言って、初期位置に戻してもらう方が早い」

「なるほど」

「でも、もっと早いのは諦めることだ。勝てるビジョンが見つからなかったり、どうしても欲しいものじゃなかったら……諦めた方がいい。クレーンゲームは諦めるという選択肢がある人の方が賢いからね」

「なるほど」


 僕の説明にうんうんと頷いたあいかは、一つの結論を導き出す。


「――つまり、お菓子はお店で買った方が最も確実で安いし早い、ということですね」


 それ、クレーンゲームで一番言っちゃいけないやつ。



***



 あれからいくつかの台を回ったが、結局何も取れなかった(トラウマにならないか、心配だ……)僕らは斎藤たちを探していると、彼女たちは三階の端にあるバスケのアーケード台で遊んでいた。


「よっし! バスケ部の意地!」

「負けたー……やっぱり美姫ちゃん、強いねぇ」

「……え? 新島さん、バスケ部なの?」


 意外な情報に思わず声をあげると、新島さんがくるりと振り向く。


「なーに? うちがバスケ部なのが、そんなに意外なのー?」

「い、いやっ……そ、そういうわけじゃないんだけどっ」


 怖い怖い怖い! 笑顔の裏にめっちゃ圧を感じる!


「ま、バスケ部って言っても、VRバスケ部の方だけどね。知ってる?」

「あ、うん。名前だけなら……」

「そっかそっかー。廿楽さんは?」

「いえ、知りません。普通のバスケットボールとは違うんですか?」

「うん、違うねー全然違う」


 あれ、違うの? 一回だけ見たことあるけど、普通のバスケと変わらないような気がしたんだけど……。


「バスケって基本的に背が高いほど有利なスポーツなんだけどねー。VRバスケは身長差関係ないんだ」

「なるほど」

「有名なのは空飛ぶちっちゃい選手かなー」

「え、なにそれ怖い」


 僕の知ってるバスケと違う。大丈夫? それ、本当にバスケしてる?


「次はみんなでプレイしてみようよ! ちょうど4台あるし!」

「おっ、いいねぇ。廿楽さんもやろやろー」

「はい」


 斎藤と新島さんの誘いにあいかは即答。こういう身体を動かすゲームもやってみたいのだろう。


 えっ、僕はどうなのかって? ……ふっ、ナメてもらっちゃ困る。


「通信対戦モードね。うちと雪音は経験者だから、ボールが一個少ない台でいいよ」


 悪いけど……バスケはやったことないが、漫画やラノベでバスケを題材としたものは読んできた。ある程度の知識は持っている。

 バスケ部の新島さんには勝てないかもだが……あいかと斎藤には負ける気がしない。


 そう、バスケのシュートには必勝法があるのだ。


「じゃあ、いくよ!」


 ――左手は添えるだけ、というね!

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