廿楽あいかに隠しておくべきこと 2/4話

「――なんで相談してくれなかったの」


 ところ変わって屋上の出入口前。

 鍵が空いてないドアの前には乱雑に置かれてる机。少し埃っぽい空気はあまり味わいたくない。……まあ誰かが好んで来るような場所じゃないからこそ、秘密の話をするのにはうってつけなんだけど。


 あらかた事情を話すと、斎藤は呆れた表情をしていた。


「それ、君一人でどうにかなる問題じゃないよね? あいかちゃんにバレたくない気持ちはわかるけど、一人で抱え込むのも良くないと思うよ?」

「…………」

「っていうか君、教室へ逃げ込もうとしてたよね? 私と同じクラスなんだし、意味なくない?」

「…………」


 何も言い返せない。


「まーまーまー、雪音もその辺で。別に彼自身は悪いことはしてないんしさー」


 そして……更に気まずいのは、手紙を見てしまったのは斎藤一人だけじゃないということ。あの、角っこでぶつかりそうになった女子の存在だ。


 彼女の名前は新島にいじま美姫みき。他人のことに全く興味ない僕でもこの女子のことは知ってるくらい、超有名人だ。

 茶髪が毛先にかけて金髪へと変化しているツートンカラー、一般よりややふくよか……いや、やめておこう。紳士は女性の体型の話をしてはいけない。


 基本的に中立的な立ち回りでありながら、自分の意見はしっかり通す。主に女子から圧倒的な人気を博し、ついた渾名が――『眠れる女王クイーン』。

 彼女の通称は男子内でも『彼女を敵に回してはいけない』と、畏怖の対象として知れ渡っているのだ。


「でも雪音が言ってることは間違ってないけどねー。これ、一歩間違えば犯罪になっちゃうよ?」

「うぐっ……」


 新島さんの言う通りだ。だんだんエスカレートすれば、いずれ犯罪になるかもしれない。そうなってしまえば、僕が考えているよりもっと最悪の展開になってしまう。


「だから、無理矢理見ちゃったのは大目に見てあげて? 本当に君が心配なんだよ、雪音は」


 中立的な意見を述べながらも、斎藤の正当性を貫くその手際……正に女王クイーンと言えよう。


「ところでシュガージェントルマンくん」

「……それを本名みたいに言うのは、やめてもらっていいかな?」

「あぁ、ごめんごめん。えぇと……確か、シュガーに関する名字だったような……佐藤くん、いや加藤くん……」

「……武藤だよ」

「そうそう武藤くん! 甘党派なのに武藤って、矛盾してるねぇ。あっはっはっは」


 ……どうやら僕程度の存在など、名字すら関心ないらしい。一応、同じクラスなんだけどなぁ……。


「んで、武藤くん。雪音に隠してた理由とはなんぞや?」

「…………」


 隠してた理由……か。


「理由ってほどじゃないんだけど……ただ、迷惑かけたくないなって思って」

「え?」

「いや、だってそうじゃん。これは僕の問題だし、あいかに秘密にしたいってのも僕の我が儘。他人に迷惑はかけたくないって思うのは当然でしょ?」

「……はぁ」


 ……あれ? 僕、間違ったことは言ってないはずなのに……なんで斎藤は深いため息をついてるんだ?


「武藤くん。君、もしかしてバカだね? もしかしなくてもバカなんだね?」

「バッ……!?」


 バッサリ過ぎる斎藤の返答に言葉を詰まらせる。


「……バ、バ、バカなんかじゃない! バカって言う方がバカなんだ!」

「いや、そうじゃなくてね」


 ……だが、彼女が言いたいことはそうではなかった。


「もう私たち友達なんだからさ。そんな他人行儀にならないでよ」


 ――っ。


「…………と、友達……?」

「そうだよ。大体、友達だからここまで強引にでも関わろうとしてんじゃん……君一人で抱え込んでるのは、さ。私からしても心苦しいから。そのくらいの迷惑なら、いくらでもかけてよ」

「…………」

「ん? どしたの?」

「その……僕たち、友達……?」

「え? ……今更何言ってんの、友達に決まってんじゃん」


 さも当然という風に斎藤は首をかしげる。

 ……そうか。斎藤にとっては、もう友達なのか。


 友達は少なかったわけじゃない。ずっと一人だったわけでもない。


 ……けれど、そんな風に言ってくれる人なんて今まで誰もいなかった。


「……ごめん、斎藤」


 自分のことばかり考えて、周りの気持ちを考えてなかった。これじゃ紳士失格だ。


 すると、端から見ていた新島さんが「うーん」と少し顎に手を当てると、何か閃いたようにポンと両手を叩く。


「じゃあ、仲直りの証としてさー」

「?」

「今日の放課後――みんなで遊びに行かないかい?」



***



「――なるほど。それで今日、遊びに行こうだなんて誘ってきたんですか」

「まぁ……うん。そんな感じ」

 埼京線電車内。僕の説明にあいかは納得がいったように頷いた。

 説明とは言っても、新島さんと斎藤に誘われたという話にしておき、あの脅迫文のことは隠している。


「……意外です」

「ん? なにが?」

「陽太、新島さんのようなタイプの人、苦手だと思ってたんですけど……そうじゃなかったんですね」

「………………ま、まあね! 紳士たるもの、誰にでも平等に接しなくちゃいけないからね!」


 ……本音を言うと、めちゃくちゃ苦手だ。僕とは正反対の存在、所謂陽キャである。

 別に悪い人じゃないってのはわかってるんだけど、まだ怖いものは怖い。何せ、あの女王クイーンだしね。



 とはいえ――彼女も、犯人捜しを協力してくれる一人になってくれているのだ。


「うちも出来る限りの情報提供してあげるよ? あっ! もちろん、この事は誰にも言わないから!」

「えっ……いいの?」

「いいよーん。大事なクラスメイトが困ってるのは、見過ごせないからねー」

「でも、さっき僕の名字は忘れてたような……」

「あっはっはっは! それはそれ、これはこれっしょ!」

「は、はあ……」


 みたいな感じで。いや、まじでこんな感じで。

 でも新島さんが手伝ってくれるのは正直助かる。仲が良い斎藤曰く「美姫ちゃんは信用していい」らしいし、彼女の影響力は僕でさえ知っているのだ。きっと悪いようにはしないだろう。


 そんなこんなもあり、あいか含めた四人で遊ぶこととなった。

 向かう先は大宮駅。なんでわざわざ大宮を選んだのか訊いたところ、「全員の帰りが一番楽だから」らしい。ひどく納得。


 この前は西口へ向かったが、今回は東口。商業施設が多々あるため、人も西口より多い。


「ここだよ!」


 歩いて数分。斎藤が案内したのは――真っ赤に染められたビル。

 そう……ゲームセンターである。


「……時々思ってたんだが、斎藤って男子っぽい場所に来たがるよな」


 てっきりショッピングするのかと思って身構えてたのに。


「ゲームに男女は関係ないでしょ。みんな楽しめるんだから!」

「……まぁ、そうだな」


 確かに、ゲームをするのに男女など関係ない。みんな楽しめるという点ではこれが最適解なのだろう。


 それに……直接は言わないだろうが、もしかして僕を気遣ってくれたのだろうか? 男である僕がいるために、わざわざゲーセンという選択をしてくれたのでは。だとしたら悪いことをした――


「よーし、今日もがんがん遊ぶぞー! 美姫ちゃん、勝負だよ!」

「おっ、いいねぇ。うちも負けないよ」


 ……訂正。どうやら気遣いなどではなく、マジで斎藤の趣味らしい。


「…………」


 そんな中、建物をぼーっと見つめるのが一人。


「……ゲーセンに来るの、初めてか?」

「はい」


 予想通りの回答。まぁ、あいかがゲーセンに来るのは想像できないしな。


「まぁ、斎藤たちと一緒に……って、いないし」


 さっきまで僕たちの隣にいた二人の姿は跡形もなく消えていた。もう既に中へと入っていってしまったらしい。


「あー……とりあえず、斎藤たちを追いかけるか」

「いえ」


 斎藤たちとの合流を提案するが……意外にもあいかは首を横に振ってきたのだ。

 どうしたのだろうか、やはり新島さんのみたいなタイプはあいかも苦手なのだろうか……と思ったが、どうやらそうではないらしい。


「雪音たちと合流する前に、ちょっとだけ陽太と一緒に回ってみたいです」

「………………えーっと」


 それって、つまり……?


「ゲームセンターって色んなゲームがあるんですよね?」

「まぁ……うん。色々あるね」

「じゃあ、陽太と一緒に遊んでみたいです」

「…………」

「……ダメですか?」

「いや、ダメじゃないよっ!?」


 声を裏返しながら即答する。

 あいかと二人きりの時間は最早珍しいことではない。

 だが……こうして学校外で二人になるということは、初めてなんじゃないだろうか。帰りも違うし。


「じゃ、じゃあっ……入ろっか」

「はい」


 クールダウン、クールダウンするんだ――を心の中で何度も唱えながら。


 いつもと違う二人の環境に妙な緊張感を必死に隠しながら、あいかと一緒にゲームセンターへ入っていった。

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