廿楽あいかに隠しておくべきこと 1/4話
『廿楽あいかから離れろ』
『お前は常に見られている』
――こわっ。
再び送られてきた手紙は二行へ進化していた。
手紙を貰ってから一週間ちょっと。脅迫を完全無視していつも通りの日々を過ごしていたところ、案の定手紙は送られてきた。
しかし……ちょっと意外だったのが、送られてくるまでの期間。てっきり翌日には届いてるのかなと予想していたのだが……。
何はともあれ、こうして相手から脅迫は続いている。犯人捜しの手掛かりになるといいんだけど。
やはり冬樹でも、手紙一枚じゃまだ特定しきれていないのが現状だ。
……しかし、何一つ進展してないわけでもない。
「犯人はこのクラスの文化系部活に所属してる生徒の可能性が高い」
「……随分絞れたね」
冬樹の経過報告は、僕が思ってたよりかなり進んでいた。
あのたった一枚の手紙で、そこまで絞れるような情報なんてなかったような気がするんだけど……。
「ちゃんと手掛かりはあったさ。まず、お前と廿楽さんの関係性について知ってる人はそこまで多くない」
「……あっ」
「普段、廿楽さんと一緒にいるのはC組の教室内だろ? お昼も自炊派だし。だから、陽太と廿楽さんが友達だという情報を知っているC組以外の生徒はそれほどいなかったんだ」
「……C組の誰かが特定の生徒に言ってるかも」
「だとしても、だ。そもそも他のクラスの奴が、陽太の靴箱の場所を知ってるのはおかしいだろ」
……なるほど。
学年でもかなり有名なあいかのことだから、僕との関係もとっくに噂されてるのではと考えていたが……どうやらインパクトが弱いものは噂にならないらしい。
「文化系部活っていうのは?」
「あくまで可能性が一番高いって話。ほら、夜遅くまで残ってるのは部活やってる生徒が自然だろ?」
「……運動部の可能性もあるんじゃない?」
「確かに可能性はある。ただし――運動部の連中はわざわざ校舎に寄らないで帰るし、朝練後なんて通常の登校時間だ。普通に目立つ」
「…………」
だから、文化系部活に入ってる生徒の可能性が高いのか。
「ま、言っちゃえば可能性なんて誰にだってあるんだ。誰よりも早起きすれば、犯行は可能なんだから」
「まぁ……そうだよね」
「とりあえず、今わかったことはこれだけ。また何かあれば報告するぜ」
「……助かる」
――以上。僕がわかったことは、冬樹という友人は、いざとなると頼りになるということだ。……普段は情報集める為に、めっちゃ僕の話訊こうとしてくるからウザいけど。
ただ……腑に落ちない点はいくつかある。
一つ、何故僕にだけ手紙を入れるのか。あいかの様子を見たところ、彼女の靴箱に手紙は入れられてない。嫌がらせをしたいなら、あいつの靴箱にも手紙を入れるべきだ。
二つ、何故不定期に送ってくるのか。もし文化系部活の生徒の仕業なら、いつだって犯行は可能なはずなのに。ただのカモフラージュという可能性もあるが……何か法則性があるのではないのだろうか。
この二つさえわかれば、誰の仕業かわかると思うんだけど――
「ねぇ」
と。
新たな手紙に頭を悩ませていると、後ろから苛立っているかのような声をかけられる。
振り返ると、そこには金髪の女子……牧野さんが僕のことを睨み付けていた。
「邪魔なんだけど。もう履き替えたでしょ?」
「あ、あぁ……ごめん」
そうか、牧野さんは僕の二つ前の名前順か。そりゃ邪魔だよね。
「ったく……こっちは朝練で忙しいのに、何もしてないやつは呑気そうでいいね」
挙げ句の果てに嫌味まで言われる始末。あぁ、そういえば牧野さんって女バレだったっけ……。
上履きに牧野さんはもう一度僕を睨み付けると、そのまま教室へと向かっていった。こ、怖かったぁ……。
「おはよー武藤くん……って、あら? どうしたの?」
続いて声をかけてきたのは斎藤。靴を持ったまま立ち尽くす僕を見て、キョトンとした顔で見てくる。
「あっ……おはよう斎藤。いや、牧野さんの邪魔してたみたいでさ……あ、あはは……」
「ふぅん?」
靴を持ち上げて茶化す僕を斎藤はまじまじと見つめながら、「じゃあ」と僕の手を指差す。
「その手に持ってる紙は?」
「っ!!」
――しまった!
慌てて紙をバッグの中に仕舞う。が……当然遅かったようだ。
「あらー。あらあらあら。なるほどねぇ」
ニヤついた笑みを浮かべながら、勝手に一人で納得する斎藤。
……ラブレターと勘違いしてやがる。いや、むしろ好都合だ。
「武藤くんにそんな熱烈なファンがいるなんてねぇ」
「いや、その……」
熱烈というか、強烈というか。
「で、で? 相手は誰なの?」
「う、うーん……」
むしろ僕が知りたいくらいだ。
「んー……あいかちゃんなら直接言うよね。あっ、後であいかちゃんに教えてちゃお」
「それだけはやめてっ!?」
あのあいかのことだ。知った途端、どんな手を使ってでも見ようとしてくる。考えうる限り最悪な手なので、全力で止めさせてもらう。
「ふふ、冗談だって。この事は内緒にしてあげる」
「そ、そう……」
ほっ……どうやら一番ヤバい展開は免れたようだ。
「そ、それじゃあ、僕はこれで……」
斎藤は、あいかにとって大事な友人。これ以上探られるのは避けたいので、適当に切り上げて階段へと向かう。あ、危なかった――が。
「やっぱりストップ」
「……へっ?」
ぐいっと腕を掴まれる。何事?
「今の、もっかい見せてくれる?」
あ、あれ? 斎藤、さっきと雰囲気が全然違うような……?
しかし、ここで見せるわけにもいかない。鞄を抱え込むようにして持つ。
「え、や、やだ……」
「便箋なしのA4用紙だったよね? 普通、手紙ならそんな渡し方しないよね?」
いや、しっかり覚えてるんかい。
「武藤くんの態度もおかしいよね。君なら、真っ先に逃げるよね?」
――まずい。
「い、いや、気のせいだよ……」
「今の、ラブレターじゃないよね?」
「………………ラ、ラブレターだよ?」
「ほら。普通そんな反応しないでしょ、君」
――まずいまずいまずい。
薄々と……薄々と気付き始めている。僕が貰った手紙の内容に。
ならば――これ以上ボロが出る前に、逃げるが先決。
「――っ!」
「あっ!」
斎藤の手を振りほどくと、全力で階段を駆け上がっていった。
「逃げるな! 待て!」
「いや、待たない!」
こんなに廊下を全力で走ったのはいつ以来だろう。とにかく捕まってはいけないと、脇目も振らず逃げる。
やっと新しい手掛かりが掴めたんだ。今、あの手紙がバレるわけにはいかない!
次の角を曲がれば、もう教室――!
「うわわっ」
「っ!」
――もう教室へと辿り着く、その手前で。
ちょうど死角にいた女子とぶつかりそうになってしまう。
「ちょいちょちょーい。危ないよー? 廊下は走っちゃダメっしょー?」
「す、すみませ――!」
慌てて謝ろうとするが……うげっ! こ、この人は……!
「美姫ちゃん、ナイスタイミング!」
「っ!!」
やべっ……追い付かれた!
バッグを背中に回し、追ってきた斎藤から隠す。
だが――斎藤の姿がブレた。
「――甘いっ」
「へっ――」
何が起こったのか……全くわからなかった。
目の前にいた斎藤の姿が一瞬にして消え……気がつけば、しっかり掴んでいたはずのバッグは何処かへ消え失せていた。
「あら、さっきのガードしてたつもりだった? ……私から言わせてもらえば、甘すぎるね」
そして冷徹な目線で斎藤が僕のバッグを持ち上げる。
例えるなら――獲物に狙いを定めた狩人。目に追えないような速度で、確実に相手の息の根を止めるかのような芸当。
見事すぎる達人芸に……バッグを取り返そうとする気すら失せてしまう。
「ん? どったの雪音? てか、あんたも廊下走っちゃダメよ?」
「あっ、ごめんね。とりあえず、確認しておきたいことがあって」
そう言うと、バッグから四つ折りのA4用紙を取り出した。
……あぁ。
「――ふーん。なるほどね」
紙を広げた途端……斎藤の目がスッと細くなる。
「武藤くん、ちょっとお話があるんだけど」
「…………」
あぁ……斎藤にバレてしまった。
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