廿楽あいかとの連絡網 1/2話

『廿楽あいかに関わるな』


「…………」


 午前7時50分。登校した僕を一番に出迎えてくれたのは、靴箱の中の脅迫文だった。

 入ってたのはA4用紙一枚。封筒には入っておらず、綺麗に四つ折りされていた。

 この時点で既に違和感を感じたが、手紙は手紙。一体どういう字で、なんと書いてあって、どんな想いが綴られているのだろう。

 期待に胸を膨らましながらおそるおそる開いてみると……明朝体のたった一文の脅迫だったというわけである。


 ……うん。ここまで来るとクールダウンじゃなくて、萎えてくるね。ラブレターかと思った僕の純情を返せ。



 冗談はさておき。この手紙に残された手かがりを探してみよう。


 紙はなんの変哲もないA4用紙。パソコンで打たれるため、筆跡で特定は不可能。


 昨日はいつも通りあいかと午後6時まで一緒にいた。その時はこの紙はなかったはず。

 最終下校時間は午後6時半だから……この紙が入れられたのは午後6時から6時半、もしくは高校が開く午前6時からこの7時50分までの間となるだろう。


 この時間帯で下駄箱に手紙を入れられる生徒は……部活やってる人が可能性が高いか? いや、わざわざこんな手紙を残したくらいだ。部活動に入ってなくたって、この為だけに早起きするだろうな。


 ならば、あいか自身に何かしら負の感情を抱いてる生徒は? ……いや、多すぎる。クラスどころか学年全体があいかにいい印象を持ってるとは思えない。


「……うぅむ」


 少なすぎる手掛かりに思わず唸りをあげてしまう。


「……とりあえず無視するか」


 考えに考え、導きだした結論は……スルー。うん、相手が同学年であることは確実だから、何か危ないことに巻き込まれるわけじゃないしね。

 というか、ここでいつも通り振る舞わなくなって、本人であるあいかに不審に思われるのはもっとまずい。この事がバレれば、最悪彼女はまた一人になろうとするだろう。それだけは避けないと。


 宛名もない手紙を丁寧に畳むとそのまま鞄の中に入れ、教室へと向かうことにした。



***



「……そういえば」

「ん?」


 いつもの放課後。夕暮れが僕らを照らす中、ふとあいかが声をかけてくる。


「私、陽太とまだ友だちになってません」

「へ? どういうこと?」

「こっちでは、まだ友だちになってないです」

「……あぁー」


 ポケットから取り出したスマホを見て、納得。なんだ、そういう意味か。


「思えば、最初から連絡できるものを交換しておくべきでした」

「あぁ……僕が休んだ日のことね」


 確かに最初から連絡手段を知っておけば、あんなことにならずに済んだな……。


「っていうか、やってたのか」

「はい、雪音とはもう友だちです」

「マジか……」

「と、いうわけで」


 ずいっと。白いスマホを構える。


「QRコード見せてください」

「……まあ、いいけど」


 僕もバッグから焦げ茶色の革カバーをしたスマホを取り出す。


「……ちょっと意外です」

「ん? 何が?」

「陽太のことだから、そう簡単に教えてくれないと思ってましたので」

「僕をなんだと思ってるんだ……ほら、読み取って」

「はい」


 まったく、僕を偏見の目で見すぎなんじゃないか? ラノベならともかく、こういうアカウントに関しては何も隠すなことなんてないというのに。


「……陽太」

「ん?」


 QRコードを読み取ったあいかが、じっとスマホを見つめる。


「……もう一回、お願いします。どうやら陽太じゃないアカウントが表示されたみたいです」

「え? いや、そんなはずは――」


 と、彼女のスマホを確認しようとし……はっと思い出す。


 僕のアカウント名を。


「ほら、『Eclipse』さんって人になってしまいます」

「…………」

「なので、もう一回お願いします」

「………………あの」

「? なんですか?」

「あの……それ、僕なんだ……」

「? 陽太、いつの間に『Eclipse』さんになったんですか?」

「いや、ネット上での偽名というか、ニックネームというか……」

「? どうして偽名を使う必要があるのですか?」

「……あぁ、うん。お前はそうだよね……」


 やってしまった……ここで友だちが家族と冬樹しか登録してない弊害が出るとは。


 偽名を使う理由がわからないか……僕としては、みんな本名で名前登録してるのが信じられないんだが。

 そういえば僕の名前見た時、両親も若干戸惑ってた気がする……冬樹もなんやかんやで本名使ってたのはそういうことだったのか……。


 そうかそうか、偽名を使うと誰かわからなくなるか………………そっかぁ……。


「あ、でもアイコンの写真は確かに陽太のハットですね。なら、このアカウントは陽太ですね」

「…………」


 ハットがなかったら、信じてもらえなかったのか……アニメアイコンじゃなくてよかった……!


「陽太にメッセージ送りますね」

「あ、うん」


 あいかは追加ボタンを押し、画面を操作していく。


 さて、あいかのメッセージか……一体何が送られてくるんだろう? こういう場合は簡単な挨拶、名前、スタンプの3択だと思うんだけど……はたして。


「送りました」


『 』


「まさかの空白メッセージかい」


 第4の選択肢来ちゃったよ。


「ダメでしたか?」

「あー……いや、ダメってわけじゃない」


 まあ……これはこれで、こいつらしいな。

 送られてきたメッセージから、僕もあいかを追加。家族以外で初の異性と友だちになった瞬間である。


 あいかのアカウント名はフルネームで『廿楽あいか』という実にシンプルなもの、なのだが……気になる点が一つ。


「……なあ、訊いていい?」

「はい、なんでしょうか?」

「お前のアイコンさ……どうして証明写真なの?」


 そう――彼女のアイコン、なんと証明写真なのだ。

 てっきりアイコンなしかと予想してたから、意外っちゃ意外なんだけど……。


「? どうしてと言われましても。私の写真を使ってるだけです」

「あー……まあ、そうなんだけどね」

「はい。証明写真で発行してきました」

「わざわざこの為に写真撮ってきたの!?」

「はい」


 あっ、よくよく見れば確かにうちの制服だ! 背景画像も全部水色の単色だ!


「ダメでしたか?」

「いや、ダメじゃないんだけど……アイコンは別に自分の写真じゃなくてもいいんだよ?」

「そうなんですか」

「そうそう。自分の興味あるものでいいんだよ。ほら、僕のは自分の帽子でしょ?」

「そうですね」

「斎藤だってアイコン違うんじゃないか?」

「はい、狐お面の髪飾りの画像でした」


 あぁ、いつも付けてる髪留めか……アイコンにまでしてるってことは、相当思い入れがあるんだろうな。


「自分が興味あるもの……ですか」


 あいかはそう呟くと、チラリと僕の方を見てくる。


 ……あ、なんか嫌な予感。


 瞬間――あいかがスマホを構えたのとほぼ同時に、僕は顔を伏せていた。

 ワンテンポ遅れてカシャリという音が聞こえてくる。あ、危なかったぁ……!


「……なんで顔隠すんですか」

「カメラを向けてきたからだよ!」


 不満げなあいかの抗議が聞こえてくるが、そんなの知ったこっちゃない。危うく僕のアホ面が撮られるところだったんだから。


「でも陽太が言いました。興味あるものでいい、と」

「だからって、僕の顔撮ってどうするつもりだ!?」

「アイコンにします」

「はい却下ー! 超却下ー!」


 あいかが突然アイコンを僕に変える。そんなの斎藤が知ったら……とんでもない誤解を受けてしまう。ここはなんとしてでも阻止しないと。


「お願いします」

「嫌だ」

「お願いします」

「絶対に嫌だ」

「私、陽太でしか満足できないんです」

「………………あいか。今の言葉、今後は男子に向かって言っちゃダメだからな?」

「? なんでですか?」


 絶対誤解されるから。


「……はぁ。わかりました」


 頑なに顔を隠す僕を見て諦めたのか、ため息を一つつき……再びカシャリというシャッター音が聞こえてきた。


 ……もう、大丈夫か……?


 おそるおそる顔をあげてみると、あいかは既にスマホを仕舞っている。もう撮られる心配はなさそうだ。


「えっと……何を撮ったんだ?」

「はい。今、アイコン変更しました」


 と返ってきたので、あいかのアカウントを確認してみる。


 変更された彼女のアイコンは――机に置かれたステンレスの水筒とカップ2つの写真だった。


「……えっと、これでいいのか?」

「はい、これがいいです」

「そ、そう……?」


 まあ、これなら別にいいかな……っていうか、夕陽がいい感じに差し掛かってて、なんかエモいな。


「私、いつもこの時間が楽しみなので。これがいいんです」

「………………そっか」


 僕もなんだかんだで楽しいよ――とは思ったけど、なんだかもどかしいので心の中に秘めておくことにした。

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