廿楽あいかは看ている 3/3話

 早速具材を買ってきたあいかたちは調理を始めた。

 大人しくしとけと言われたものの、待ってるだけなんてできるわけない。

 なので、怒られない程度のお手伝いをすることにした。皿並べたり、箸用意したり……って、あぁ。


「二人とも、割り箸でも大丈夫? 僕の家、箸は置いてなくて」

「はい、構いません」

「おとお茶碗もないな。スープ入れる皿で代用してくれ」

「いや、どんな家よ」


 うるさいな。ナイフとフォークとスプーンさえあれば生きていける人間なんだ、僕は。


「わっ……あいかちゃん、キャベツの千切り上手いね」

「? そうですか?」

「うん、上手上手! 初めてには思えないよ!」


 さすが教科書を丸暗記できるレベルの天才、といったところだろうか。少し教えてもらっただけで、料理をほぼほぼマスターしてしまったようだ。


 十分後。部屋全体からいい香りが漂ってきた。


「よし! あとは盛り付けるだけ!」

「はい」


 千切りを皿半分に、残り半分に焼いた豚肉を乗せる。最後にマヨネーズをつければ……完成。


「生姜焼き……か」


 出来上がった料理をじっくりと眺めていると、あいかがおずおずと口を開いた。


「あの……好みじゃ、ありませんでしたか?」

「え? いやいや、そんなことない。大体、作ってもらってるのにそんな文句は言わないよ」


 自分で作ったならともかく、あいかたちが僕のために作ってくれたもの。文句言う人は、きっと他人のために料理をしたことがない人だ。


「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」

「……いただきます」


 手を合わせ、生姜焼きを一口。


「どうですか?」

「……うん。美味しいよ」


 割りとお世辞なしで美味しい。肉は柔らかく、味付けもちょうどいい感じ。

 生姜焼きを食べたのはいつぶりか忘れたが、初めて作ったにしてはかなり上手なんじゃないか。


「……そう、ですか」


 僕の感想を聞いたあいかは満足したのか黙々と食べ始める。


「うんうん、美味しいよあいかちゃん!」

「ありがとうございます」

「でも、よかったぁ……回鍋肉にならなくて、本当によかったぁ」

「いやちょっと待て。何つった今」


 たまらずツッコミをいれてしまう。


「あっ、いや……昔のこと昔のこと。生姜焼きを作ろうと頑張ったんだけどね、具材がなくて辛うじてできたのが回鍋肉で」

「全然違う料理じゃん」


 どこからどうしたら中華料理に変わるんだよ。


 今度、斎藤の料理も見てみたいな。あいかに生姜焼きのレシピを教えたんだろうから、食べられないってことはないだろうが……ちょっと謎すぎる。


 美味しい料理には、いつの間にか消えてしまう魔法がかけられている。気がつけば皿の上には何も乗ってなく、あっという間に完食してしまっていた。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

「……はい。なら、よかったです」


 うんうん、僕にもわかるよ。作った料理を「美味しい」って言ってもらえると、嬉しいもんね。


「じゃあ……二人に紅茶を淹れようかな」

「いえ、陽太は――」

「いやいや、これくらいのお礼はさせてよ」


 こればっかりは譲れないと、僕がお湯を沸かし始める。食後のティータイムは僕の日課だし、お客さんに何から何までさせてもらうっていうのはよくないだろう。


 今回淹れたのはアールグレイ。完全に色がついたところでティーカップを用意する。


「どうぞ」

「ありがとう!」

「……ありがとう、ございます」


 二人の前にカップを置き、真ん中に砂糖が入った皿も用意。砂糖は1杯、2杯……と半分。


「いや、入れすぎでしょ。超甘いじゃん、それ」


 と横から眺めていた斎藤が呆れたような視線を送ってくる。


「そんなことない。これくらいは適正な量さ」

「……さすがシュガージェントルマン」

「その名は言うな」


 まるで砂糖を入れたらお子さまみたいな風評はやめていただこう。


 香りを楽しみつつ、一口。……うん、美味しい。やはり、食後の紅茶は格別だな。


「さて、と」

「陽太、どこに行くのですか?」

「え? あぁ、ただお風呂の準備をするだけだよ。お湯を張ろうと――」


 そこまで言った――その時。


「――ぅ、ぉおっ!?」


 あいかが急に立ち上がったかと思うと……凄まじい力で僕の腕を引っ張ってきた。


「ダメです!」


 そして今まで聞いたこともないような大きな声。

 いつも淡々とした彼女からは想像もできない、感情的な声だった。


「あ、あいか……?」


 思わず声をかけると、あいかはハッとして僕の腕を離す。


「あっ……いえ、その。すみません」

「お、おう」


 一体どうしたというのだろう。こんなこと、今までなかったのに。


「んー……武藤くん、病み上がりでしょ? 今日はシャワー浴びるだけがいいんじゃないかな? ほら、こういう時お風呂に入るのはよくないって言うじゃない?」

「……あぁ、確かに」


 斎藤の言う通り、確かそんなことを聞いたような気がする。じゃあ、そうしようかな……。


「じゃあ、私たちはそろそろ帰るね」

「ん、もうそんな時間か」


 時計を見てみると、午後6時半。確かにそろそろ家へ帰らなくちゃいけないだろう。


「じゃあ、途中まで見送ろうか」

「……陽太」

「はい、ごめんなさい」


 いや、もう暗いことだし心配なだけだ。まあ、あいかのことだから拒否されるのは目に見えてたけど……。


「うーん、まあ、私個人としてはあいかちゃんを残しておきたいんだけどね」

「えっ、なんで?」


 思わず訊いてみると、斎藤はニヤーっとした笑みを浮かべる。


「だって――二人っきりが、武藤くんも喜ぶんじゃない?」

「なっ、なっ、なっ!?」


 何を言い出すんだ、こいつは!


「ふふっ、冗談冗談。ほら、帰るよあいかちゃん」

「はい。では、お邪魔しました陽太」

「お邪魔しましたー。また明日ねー」

「あ、あぁ……」


 せっせとバッグを手に持つ二人の後ろ姿を見送る。……まだ頬が熱い。斎藤のせいだ。


 また熱が上がったらどうするんだと思いつつ……先程のあいかの態度が頭から離れなかった。


 お風呂を入れると言った瞬間、あんなにも取り乱していた。あれはどういうことなんだろう?


「……あっ」


 紅茶を含みながら考え……ふと、あることを思い出す。


 それはあいかに関する噂の1つ。


 廿楽あいかは――水に弱い。


 そのことと……何か関係あるのだろうか?

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