廿楽あいかは看ている 2/3話

「君が来なくて、一日中大変だったよ」


 突然の部屋掃除大会が始まった中、ふと斎藤がため息混じりに教えてくれた。


 押し掛けにきたようなものだが、客人は客人。二人だけに掃除をさせるわけにはいかず、とりあえず、自室のベッド周辺を片付けることにしていた。


「武藤くんが欠席するってわかった瞬間、『私も休みます』だなんて言い出して……『あいかちゃんも休んでまで来てもらったところで、多分武藤くん素直に喜べないよ』って言ったら、ようやく止まってくれたの」

「あぁ……それは」


 それは――助かった。


 あいかが僕をそんなにも心配してくれているだなんて、正直嬉しい。嬉しいのだが……わざわざ彼女も休んで、看病してもらったところで斎藤の言う通り複雑な気持ちだっただろう。


 誰かのために自分が傷つく自己犠牲の精神は確かに素晴らしいものだが、時と場合による。過剰すぎる自己犠牲は助けられた側も辛い気持ちになるからだ。


 自分の学校生活まで犠牲にして早く来てくれるより、こうして空いている時間となった放課後に来てくれた方がやっぱり素直に嬉しく感じる。


「あれ? でも、僕の家なんてよくわかったね?」

「普通科の内村くんに聞いたんだ」


 内村、内村……あぁ、冬樹のことか。

 そもそも個人情報をそんな簡単に開示するもんじゃないと思うけど……まあ、彼女たちに免じて許してやろう。今度奴がうちに遊びに来た時は、何か奢ってもらうが。


「あれ、これ……」

「ん?」


 と、斎藤が僕の部屋の中に置いてあったものを手に取った。


「あぁー……『V-GEAR』ね」

「武藤くん、何かゲームやってるの?」

「んー……そうだなあ。趣味としてちょこっとファンタジー系のMMOとかやってる程度かな。えっと、意味わかるか? ファンタジー系ってのは、簡単に言うと剣と魔法の世界観で――」

「うん、知ってる知ってる。やっぱファンタジー系は面白いよねー」

「……もしかして、斎藤も持ってるの?」

「まあね」

「マジか」


 確かこれ、今でもかなり値段が高いはず。まあ、手が届かないなんて金額じゃないけど……。


 いや、斎藤も僕と同じ学科か。女子とはいえ、こういう技術に興味がなければ、同じクラスじゃなかっただろうし。


「斎藤は何かゲームやってるの?」

「……昔はハマってたんだけど、今は『ゲームは一日一時間』ってルールを制定してて」

「いや、小学生か」


 なんて言いつつも、VRゲームは一時間もあれば十分に楽しめる。なにせ、VR空間の時間軸は現実の10倍の早さ。一時間は十時間というわけだ。


「大事なことだよー。ゲームに依存しないように、ね」

「……まあ、そうだな」


 10倍の早さの世界に居続ければ、それだけ時間感覚が狂うということ。以前、それ関係のニュースが大きく取り上げられていた気がするし、斎藤の意見は間違ってないだろう。


「でも最近はVRバスケの試合を見に行ってるかなー。私の友達、そこでバスケしてるから」

「あぁ……なるほどね」


 最近流行りのVRスポーツ系か。僕はスポーツしないから無縁の話なんだが、確かに鑑賞目的っていうのも面白そうだ。バスケのルールとか、全然わからないけど。


「あっ、そうだ。よかったら武藤くんも――」


 そんな取り留めもない雑談をしていると、ドアからノック音。


「? 入っていいよ?」

「失礼します」


 ドアから顔を出したのは居間を掃除していたあいか。

 わざわざノックするなんてしなくてもいいのに。妙なところで礼儀正しいなぁ……。


「陽太、キッチン借りてもいいですか?」

「え? あ、うん、構わないけど……」

「ありがとうございます。雪音、一緒に料理作るの、手伝ってもらえますか?」

「はーい。じゃ、武藤くんはゆっくりしててね」

「い、いや、流石に料理を作るくらいなら、僕も――」

「陽太は病人です」

「……はい」


 一蹴。

 今日のあいかは何時に増して頑固だ。多分、何を言おうが押し通されるんだろうな……。


 こうなったら、いっそ甘えてしまおう。ほら、あいつの手料理を食べられると思ったら、かなり幸せなんじゃないか?


 ……手料理……あいかの、手料理……あ、ヤバい。手料理って意識したら、なんか心拍数上がってきた。


「――陽太」

「ふぁい!?」


 ちょうどそんなタイミングであいかから声を掛けられ、心臓が跳ね上がった。びびび、びっくりしたぁ!


「ど、どうした? 何かあったか?」

「いえ、なんにもないんです」

「へ?」

「陽太の冷蔵庫、なんにもないんです」

「……あー」

「レトルト食品じゃ、手料理とは言えません」


 そういえば最近買い出しに行ってない。

 お肉の消費期限は案外早いものなので、買いだめする気にはならず。というか、パスタとパンさえあれば生きていけるから、冷蔵庫に入ってるのは卵と飲み物くらいだ。


「こんな食生活を送っているなんて、健康に良くないです」

「それ、お前が言う?」


 つい最近までお昼ご飯食べなかったじゃん。


「……こうなるだろうなと思ってたけどね。まあ、まだ夕飯の時間まで余裕あるし。あいかちゃん、買い出しに行くよ」

「はい」

「あっ、ちょっ、待ってくれ!」

「陽太は連れていきませんよ?」

「いや、そうじゃないそうじゃない!」


 流石にお金を出させるわけにはいかない。バッグから茶色の合皮の革財布を取り出す。


「近くのスーパー行くなら、これで払ってきてくれ!」

「……? でも、私たち3人分の食材を買ってきますけど」

「それなら、尚更都合がいいんだ!」

「??」


 疑問符を浮かべるあいか。そうか、自炊しない人にはわけがわからないことか。


「これ、プリペイドカード! あとちょっとで1,000ポイント達成するんだ!」

「…………」


 差し出された財布をあいかはじっと見つめ……その横で斎藤がため息をついた。


「いや、主婦か」


 ほっとけ。

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