廿楽あいかと真剣勝負 1/2話

「はぁあー……」

「……陽太」

「んー……?」

「最近元気ありませんね」

「そりゃあ、この時期はねぇ……はぁあー」


 ああ……なんという憂鬱。

 ゴールデンウィークがあっという間に過ぎ去ってしまった5月初め頃。

 いや、大型連休中にやったことと言ったら、ゲームかネットサーフィンだけだったし、別に休みがなくなったのが憂鬱なんかではない……なんか今、誰かに「ぼっちの過ごし方かよ」って陰口叩かれた気がする。誰だ。


 社会人には、ゴールデンウィークを過ぎると五月病なるものを患う人が少なからずいるそうだが……僕から言わせてみれば、毎日勉強しなくていいから全然休みがなくたっていいじゃないか。


 ああ……『勉強』ってワードだけで、また憂鬱になってきた。


「はぁあー……」


 目の前にあるのはいつものラノベ――などではなく、自分のノート。そして嫌々握っているシャーペン。


 そう――僕たちは今、テスト週間真っ只中なのだ。


 いつも聞こえてくる運動部の掛け声と楽器の音が一切聞こえてこない。代わりにBGMを奏でるのは自身でシャーペンを走らせる音。

 「紅茶は集中力を高める!」だなんてのがトレンド入りしてたが……きっと嘘だな。現にレモンティーを飲んでいるが、全然集中できやしない。


 大体、勉強なんてやる意味ないじゃないか――そんなことを考えるとますます嫌な気分になり、現実逃避にふと目の前に座っている少女を見てみる。


 少女――あいかはいつものと変わらぬ表情で、じっと僕のことを見つめていた。


「……あいかは勉強しないの?」


 そういえばこいつが勉強したところ、見たことないな……。4月に観察してた時も、ノートを広げてすらなかったっけ。


 すると……この少女、とんでもないことを抜かしたのだ。


「いえ、もう勉強はしてあります。

「………………は?」


 一瞬、意味がわからなかった。


「覚えたって……教科書を?」

「? はい」

「全部?」

「はい」

「文章、丸暗記?」

「はい」

「……問題。世界史Aの教科書、125ページ13行目から始まる一文は?」

「『義和団事件以後、清朝政府も新式軍隊の編制、科挙の廃止と新式教育の導入を行い、1906年には立憲国家への移行を約束するなど、改革をすすめた』……ですけど。それがどうしたんですか?」

「…………」


 いや――それがどうしたんですか、じゃないんだが。

 何も見ず一言一句間違えずに即答したあいかに思わず絶句。


 ……いやいや。マジかこいつ。

 確かに学年トップクラスの成績という目に見える実力を証明しているのは知っていたが……まさか、その勉強方法が教科書を全て丸暗記だとは。度肝を抜かれた。


「では、陽太に問題です。世界史Aの教科書、115ページ20行目から始まる一文はなんでしょうか?」

「はっはっは……わかるか、そんなのっ!」

「正解は――」

「いや、言わなくていい! 言う必要ないから!」


 そんな問題の出され方、今までで一度もないわ。


「……お前さ、そんなに勉強が好きなの?」

「いえ。別に好きじゃありません」


 好きじゃないのに丸暗記できちゃうのか……。


「逆に陽太は勉強が嫌いなんですか?」

「……紳士に学校の勉強など、不要なのさ」


 カップを持ち、顔を反らす。ほ、ほら、社会に出ると今まで覚えたことの必要性はそんなにないってよく聞くし……ね?


「――ダメです」

「ふへっ!?」


 と。


 あいかが僕の顔を両手で挟み、無理矢理自分の方に向かせてきた。


「勉強できないのはダメです。よくないことなんです」

「なっ、いや、あの!」

「陽太もきちんと勉強しないといけません」

「あの、あいか!」

「?」

「ちょっと痛い!」

「あっ……すみません」


 と、僕の悲鳴に彼女はようやく手を離してくれた。


 ……かなり距離が近くて、顔が熱くなってたのは気づいてないよね?


「でも、本当に勉強はしないといけないと思います」

「うーん……そうは言ってもなあ」


 やる気がないものはどうしようもない。


 というのも、私立美女木高等学校は普通科と情報電子工学科に分かれている。1~5組は普通科、僕らA~E組は情報電子工学科だ。

 情報電子工学科は普通の授業にプログラミングや機械工学、デジタル回路等々が加えられている。

 僕は今後も現代社会に求められていくであろう情報系の会社への就職のしやすさから、この学科がある美女木高等学校を選んだのだ。


 ちなみに冬樹は普通科の生徒。学科が違うと、同学年でも交流が絶望的に少ないんだけど……奴の場合、どっちの学科にも相当な顔見知りとなってる。正直、敵に回しちゃいけない奴だと思ってる。


 そんなわけで、通常授業の勉強に力を入れるなんてさらさらないのだ。


 通常授業で高得点? いい成績? いや、そんなの取ったところで喜ぶのは親くらいだろう。


「……なるほど」


 ――と。

 あいかが目をスッと細めた。


「では陽太。勝負しませんか?」

「えっ、勝負?」

「はい、勝負です。五教科のテストのうち、一つでも私が間違えた問題を陽太がでも合っていれば、陽太の勝ち。全部間違ってれば私の勝ちです」

「…………」


 えーと、つまり……例えば現代文のテストの問18をあいかが間違えたとして、その問18を僕が合っていれば僕の勝ち、って意味か?


「……いや、それはちょっと」


 それはちょっと――僕に有利過ぎやしないか?

 点の勝負などではなく、あいかは一問でも間違えてしまえば即負けてしまうリスクを負ってしまう。ほどハンデ戦のようなものだ。


 そんなの、僕が勝つ可能性の方が高いよ?


 だが、そもそもこんな勝負をするメリットがない。こいつはやる気にさせたいのだろうが、僕はそんな単純じゃ――


「ちなみに……勝者には1つ、何でも言うことをきいてもらいます」

「――」


 ――今、なんと?


「何でもってのは……常識の範囲内であれば、何でもいいのか?」

「はい、構いません」

「…………」


 淡々と答えるあいかの表情は変わらずの無表情。

 ……だが、どこか自信に満ち溢れているようにも見えた。


「……へぇ、そう」


 ……本気だ。こんな有利すぎる条件で、本気で自分が勝てると思ってるんだ、あいかは。


 ……自然と闘志が沸き起こってきた。


 こんなにも勉強に意欲が出てきたのは何年ぶりだろうか。シャーペンを持っている手に力がこもる。


「いいよ、乗った。『やっぱなし』とか言うのはダメだからな?」

「はい、わかりました」

「……っ! あとで吠え面かくなよ!?」

「はい」


 上等じゃねえか……! 僕が本気を出すとどれだけすごいのか、その身をもってわからせてやる!

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