廿楽あいかの昼食事情 4/4話
「お待たせしましたー……って、どしたの?」
「い、いやっ……なんでも、ない……!」
注文来るのが早くて助かった……!
これ以上赤裸々な話はさせまいと阻止して体感一分。思ってたより早いタイミングで料理を持った高田さんが来てくれた。
「さ、さっ! 料理が冷めちゃうからな! お喋りはこのくらいにして、食べちゃおうぜ!」
「むー……しょうがない」
僕のせいであまり話が訊けず、何処か不満げな斎藤だが……許せ。目の前であんな出来事を話されるなんて、ますます誤解されるし。
さて、これで一応斎藤の目的は果たされた。今度は僕の番というわけだ。
「いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」
時間を調整してくれたのか、ほぼ同時に料理が揃い、それぞれ手を合わせる。
白いレンゲで綺麗な半円型の形をしている炒飯を一掬い。切り崩した場所から、白い湯気が溢れ出てきた。
「……ん」
――美味しい……確かに美味しい。
いや、普段炒飯を食べないから食べ比べようがないが……それでも妙に納得してしまうくらい、美味しいなこれ。
「おっ、ハットボーイよ。美味しいかい?」
「……あぁ。美味しい」
「炒飯はこのメニューの中で一番料理人の腕に左右される料理って言われてるからね。ま、先輩にかかればこんなもんよ」
何故高田さんが自慢げなのかは知らないが、それはさておき本当に美味しい。
何も言わず、一気にほぼ半分たいらげてしまった。
「せんぱーい、美味しいらしいですよー!」
トントントン……トントントン……。
高田さんの掛け声に反応なし。変わりに再びリズミカルな包丁の音が鳴り響く。
「あっ、先輩も嬉しいみたいだね。『ありがとう』だってさ」
「よくわかるね今ので!?」
包丁の音がモールス信号にでもなってたりするのだろうか。
「これで驚くことなかれ。先輩はね、もう一つ自慢の料理があって――」
トントントン、ドンドンドン!
「あっ、やば! 白米炊いてない!」
……いや、これ、モールス信号とかじゃなくてただのご機嫌伺いだな。
包丁の音が変わった瞬間、サッと高田さんの顔が青ざめ、慌てて厨房へ飛んでいってしまった。
あまりの美味しさに半分食べてしまったが、ふと気になって隣を見てみる。
「…………」
無表情、無反応。ひたすら醤油ラーメンをすするだけの少女の姿がそこにはあった。
「美味しいか?」
「…………」
と訊いてみると――ピタリ。
麺をすするのを止め、目だけで僕を見る。
すぐさま僕の回答に答えるわけでもなく、静かに租借し……ようやく一言。
「……すごく美味しいです」
「そ、そうか」
ちゃんと食べ終わったタイミングで話すの、偉いな……いや、変なところで話しかけた僕が悪いんだけどさ。
それでも訊いてみないと、ちょっと不安だったのだ。
「はぁあー……やっぱり、美味しい……!」
――だって、目の前に死ぬほど美味しそうな表情でタンメンを食べる斎藤の姿があるのだから。
同じ感想なのに、この表情の違いよう。不安になるのも許してほしいくらいである。
全員が食べ終わるのに、10分もかからなかった。完食し終えた後、少し談笑しあいたいところだったが……ちらほらと誰もいなかった店内に大人の客が何人か入ってくるのが視界に捉えた。
「……あっ、そろそろ帰ろっか!」
僕の同じことを察してか、斎藤もポンと手を打つ。
「おっ、レジ少々お待ちくださーい!」
レジへ向かったのを確認した高田さんは、他のお客さんの注文を聞き終え僕たちの方へやってきた。
「いやあ、美味しかったよ礼ちゃん! また来るね!」
「うんうん、またおいでね雪ちゃん!」
斎藤の言葉に嬉しそうに返す高田さん。そして……視線をあいかの方へ移す。
「……あいか」
「はい、お会計ですね」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
あいかは首を捻る。
はあ……本当は自然と言わせたいのだが、仕方ない。
「美味しかったか?」
そう訊くと、あいかはピタリと財布からお金を取り出す動作を止め――コクンと頷く。
「……はい、美味しかったです」
「本当!?」
大きく反応を示したのは高田さんだった。少しレジから身を乗りだし、嬉しそうな表情であいかを見つめる。
「あの、あのね! 醤油ラーメン作ったの、私なんだ! ……いや、手順さえ覚えれば誰でも作れちゃうんだけどね。私、まだまだ鍋なんて振れないし」
「……そうなんですか」
「それでもね――そう言ってもらえると、すごく嬉しいっ」
「――っ」
はにかむ高田さんの言葉に、あいかの目が少し見開いた……ように見えた。
「そ、その……次はもっと料理のレパートリー増やすから! また来てね!」
「………………はい」
「ありがとうございましたー!」
元気な声で見送られ、僕たちはラーメン屋を後にした。
さて、このまま駅へと向かうだけなのだが……それより先に。
「……あいか。どうだ?」
「?」
「さっきの高田さんさ。お前に『美味しい』って言われて、すごく喜んでただろ?」
「はい」
「あれはきちんとお金を払ったからか? お前が言う対価を出したから喜んだ――お前にはそう見えたか?」
「…………」
僕の質問に珍しくあいかは黙り込んだ。
考えに考え……そして、ポツリと溢す。
「……違うと、思います」
……ああ。
その答えに辿り着いてくれて、よかった。なんだか僕も嬉しいよ。
「食事の対価はお金じゃない。『美味しかった』っていう気持ちなんだ」
「……はい」
「ああ、いや! 別に全部の料理に美味しいって思えとか、そういうことを言いたいんじゃなくてな! その――」
「大丈夫です」
慌てて付け足す僕の言葉を、彼女は被せてくる。
「陽太が言いたいこと、ちゃんと伝わりましたから」
「……そうか」
それなら……よかった。
変わらず無表情なあいかの横顔。
けれども……どこか一歩、大人びたように僕は思えた。
***
翌日。
「武藤くん、ありがとね」
昼休みとなり、がらんとしてしまった教室内で斎藤がお礼を言いに来た。
「いや、お礼を言うのはこっちだよ。ありがとう」
「いえいえ。私もこれであいかちゃんと友達になれたわけだし」
「そりゃよかった」
今、なんとなくスルーしたけど、もう下の名前で呼んでるのか。女子の仲の発展速度は早いものだな。
……さて。僕は弁当を取り出すと、席から立ち上がった。
「よっ」
片手をあげ、前の席に座ると、あいかの眉がピクリと動いた。
「ここで昼食、食べてもいいか?」
「……はい」
「それで、さ。僕、お昼は大体サンドイッチなんだ」
「……はい」
「もし……もし良かったらさ。お前もサンド」
「いただきます」
「――イッチ、食べ……おう」
被せ気味に返事されると、やっぱり後の反応に困るな。
いやそれでも……変わった。
あの昼食を食べないあいかが。
首を縦に振ってくれたのだ。
「たまご、ハム。先にどっちがいい?」
「たまごでお願いします」
「……どうぞ」
そういえば、昼ご飯を誰かと食べるのも久しぶりな気がする。
あまり必要性を感じなかったから。別に、一人で静かなランチタイムを過ごすっていうのも嫌いじゃないから。
……でもまあ。
「美味しいです、陽太」
「……あぁ。ありがとう」
でもまあ――こう言ってくれる相手がいるのなら、今度から誰かと食べるのもいいかもしれない。
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