廿楽あいかの昼食事情 3/4話
「――というわけで、斎藤さんと三人でご飯を食べに行かないか?」
翌日の放課後。
授業が全て終わりクラスメイトがいなくなったところで、あいかに声をかける。
「ご飯……ですか」
「あぁ、外食だ」
「……なるほど」
外食を選んだのは理由がある。彼女が対価を払わないと気が済まないからだ。お金を払うという条件があるなら、ついてきてくれる可能性は高いだろう。
彼女に伝えたいことはまた別の意味なのだが……そもそも一緒に食事をしてくれなければ元も子もない。
しかし――壁はもう一つあるのだ。
あいかは無表情のままじっと斎藤の顔を見つめる。
じーっ。
じーーーっ。
じーーーーーっ。
……いや、めっちゃ見つめるじゃん。見つめられすぎて、斎藤もちょっと頬赤らめてるし。
「……ダメ、か?」
この学校だと僕以外に友達がいない彼女。第三者の介入はやはりハードルが高いか……?
「いえ、大丈夫です。陽太が紹介してくれる人であれば」
「そ、そうか」
その謎の信頼はよくわからないけど、まずは第一関門突破。ほっと胸を撫で下ろす。
「はじめまして! 私、斎藤雪音!」
「廿楽あいかです」
「うんうん、廿楽さん! よろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
お互い挨拶。斎藤が右手を出すとあいかも右手を差し出し、お互い握手を交わした。
「それで、外食は何処に行くのですか?」
「あっ、それは私が既に選んでるところだから! 廿楽さん、食べられないものとかある?」
「いえ、特にありません」
「よかった! それじゃ、レッツゴー!」
いつもなら日が暮れるまで残る教室。
その日常から抜け出すように――あいかと僕は教室を出て、斎藤についていくのだった。
しかし……まだ日がある時間帯に、あいかが教室を出るのは何処か新鮮だ。
「? 陽太、どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない」
僕の視線に気づいたあいかがこっちを向くが、なんだか気まずくなってハットを深く被る。
まず向かったのはバスだ。高校近くにあるバス停から美女木駅へ向かい、電車に乗り換え。埼京線で大宮駅へと向かう。
さすが埼玉一の利用者数なだけあって、大宮駅はかなり広い。今の時間でもスーツ姿のサラリーマンや私服姿の主婦など、多くの人々が行き交っている。
「こっちこっち」
斎藤が向かったのはオフィスビルが多く立ち並ぶ西口方面。これまた巨大な歩道橋のようなところへ出る。
西口に出てすぐ左へ。階段を下りると……目的地はすぐ見えてきた、のだが……。
「ラ、ラーメン屋……よりによって、ラーメン屋……!」
しかも埼玉になら何処でもあるようなチェーン店。斎藤の知り合いが女子だからって前情報はあったけど、ラーメン屋だとは……!
「ん? 武藤くんは中華苦手?」
「い、いや、そうじゃないんだが……僕はもっとこう、イタリアンとか……」
「あーはいはい。そういう我が儘は受け付けませんよー。さぁ入った入った」
斎藤に背中を押されて入店。
いや、だってそうだろう。東京じゃないにしろ、まだギリギリ都会感ある大宮に来たんだから、オシャレな店だとか期待してしまうじゃないか!
まあ、今回は僕の我が儘なんて二の次。ここに斎藤の知り合いが働いているのであれば、仕方ないことなのだ。
「いらっしゃいませ!」
入ると同時に、元気な声が聞こえてくる。
「礼ちゃーん、来たよ!」
「おー、雪ちゃん! 来たんだね!」
斎藤がすかさず赤いキャップに白い制服を着た女の子へハグする。女子ってスキンシップ激しいなぁ……。
「……礼ちゃん、油っぽい匂いがする」
「そ、そりゃ当たり前でしょ!? ここラーメン屋なんだし、作業着なんだし!」
……うん、今のは聞かなかったことにしよう。普通にかわいそうだ。
「最近、どう? 新入生入った?」
「ううん、微妙。瑠依子ちゃんたちの方も3人しか入らなかったんだって」
「えっ、意外だね――」
何やら内輪話が始まってしまったので、先に入らせてもらおう。盛り上がっている二人を避け、あいかと共に店内へ入る。
駅前なのに、店の中はガランとしている。……いや、まだ4時くらいだし、メインターゲット層となる社会人も来ないからこんなものだろうか。
ホールから見えるキッチンにはもう一人のスタッフがいる。男は黒いキャップらしく、背の高いスタッフがトントンとリズミカルな音を立てて何か切っている。
そして流れてくるのは……まさかのアニソン。いや、ここチェーン店だよね? アニソンとかって流していいの?
「あー……うちの先輩の趣味だよ」
といつの間にか背後にいた斎藤の知り合いが苦笑いをしながら答える。
「曲なんてチャンネルさえ変えちゃえば好きなジャンルに出来ちゃうからね」
「そ、そうなんだ……」
「まあ、店長に怒られるから、内緒でやってることなんだけど――」
トントントン! ドンドンドン!
「――あっ! こ、こちらの席へどうぞー!」
厨房から聞こえてくる包丁の音が急に大きくなったかと思うと、女の子――名札に『高田』って書いてある――が慌てたように僕たちをテーブル席へ案内した。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいー」
「……あの。おすすめとかある?」
こんなことを訊くのは店員として困るだろうか。お冷やを持ってきてくれた高田さんにおずおずと手を挙げてみると、彼女は嫌な顔を一切せずに「うーん」と唸る。
「おすすめ、おすすめかぁ……生姜焼定食、レバニラ定食、肉野菜定食。あっ、先輩なら炒飯もおすすめだよっ! 絶品!」
「ラーメンじゃないんかい」
全部ご飯ものじゃねえか。
思わず突っ込んでしまうと、高田さんんはチッチッと指を振った。
「何か誤解しているようだね、ハットボーイくん? ここはラーメン屋じゃなくて中華料理屋なんだよ」
「えっ……そうなの? ラーメンってイメージの方が――」
「まあ、確かにラーメンの方が目立つけどねー! でも、おすすめするなら間違いなく定食だね!」
「そうなんだ……」
意外も意外。てっきりラーメン系の方がおすすめだと思ってたのに……。
そうこうしている内にそれぞれ注文する料理が決まった。斎藤はお気に入りらしいタンメン、僕はおすすめされた炒飯。あいかは看板メニューの醤油ラーメン。
「かしこまりましたっ!」
ハンディーを持った高田さんは元気に答えると、厨房へ向かっていく。
包丁で何かを切る音から、中華鍋を振る音に変わった、料理が来るまでの待ち時間。斎藤は好機とばかりに僕の隣に座るあいかへ質問を始めた。
「ねね。廿楽さんってさ、何か好きなゲームとかある?」
「いえ、特にありません」
「あー女の子だし、それもそっかぁ……じゃあ、何か趣味とかある?」
「特にありません」
あー……なんかデジャヴ。
思い返されるのは、あの時の他己紹介。何訊いても「特にありません」って返されたから困ったんだよなあ……。
「好きなドラマとか漫画はある?」
「特にありません」
「好きな食べ物は?」
「特にありません」
無駄だぞ斎藤。こいつ、興味ないものはさっぱり興味ないんだから。
「じゃあ――今、何か興味あることは?」
「陽太です」
……ん?
「陽太って……あぁ、武藤くんのこと?」
「はい」
「あらまあ。彼のどこに惹かれたの?」
「いい人なところです」
あ、あれれー? なんか僕の時と会話違いませんか、あいかさん?
「へぇー、そうなんだー……へぇー」
と。斎藤がこっちに視線を送ってきた。
……明らかにニヤついている。
「い、いや、あのな? あいかはそういうつもりじゃ――」
「あらあら。あらあらあら。下の名前で呼びあってるの? すごく仲いいんだねぇ?」
「なっ……これは、その……なぁ? あいか?」
「はい、私から下の名前で読んでほしいと申し出ました。陽太と仲良くなりたかったので」
「あっ、やっぱり黙っててくれないかな!?」
こんな時にあいかの「訊かれたことを素直に答える」という特徴が出てきたか! 下手したらブラウスを脱ぎかけた話も恥ずかしがることなく話すぞ、こいつ!
「そんな恥ずかしがることないじゃない、武藤くん~。仲良しなのはいいことよ~?」
「うぐっ……!」
斎藤も斎藤でニヤつきが止まってない。こ、これは……他人の恋バナを楽しんでいる表情! くそ、どいつもこいつも女子ってのは恋ばな好きか!
……いや、クールダウン、クールダウンだ僕。今、店内だから紅茶は出せないが、ちょうどよく目の前にお冷やがある。これでも飲んで、少し落ち着くとしよう。
「で? で? 他にもエピソードあるの?」
「はい。一週間前の話なんですが、陽太の持っていたラノベで――」
「あぁっ! その話はやめろぉっ!」
……結局クールダウンなんてできず、ひたすら料理が来るまであいかの口を塞ぐのに必死だった。
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