廿楽あいかの昼食事情 1/4話

 ――そろそろあいかの食生活について考えていこう。


 そんな風に思い立ったのは4月中旬に入った頃だった。


 廿楽あいかには様々な噂が流れている。そのうちの一つが、『昼食を一切摂らない』。

 どんな日も机に座ったまま動かない。まるでスリープ状態に陥っているかのように、あいかは何も食べないのだ。


 昼休みになると、我がクラス2-Cの教室は圧倒的な不人気である。

 というのも多くの生徒が学食派と購買派に分かれるのだ。

 四限の終わりを告げるチャイムが鳴り終えると、それまで死んだ顔のようなしていたクラスの面々の表情は一変。まるで獲物を狩るハンターのように、目をギラつかせながら廊下へ駆け抜けていくのだ。


 我が校、私立美女木びじょぎ高等学校の学食は特段美味しいというわけじゃない。どちらかというとやや美味しくない部類だろう。

 じゃあ何故人気なのか――かなり安いからである。

 ラーメンが一杯250円。うどん、そばは200円、定食は350円。『それで利益出てんの?』レベルで安すぎるのだ。

 高校生にとって安いは正義。味なんて二の次で、みんな集まる。


 続いて購買派。これは単純で、購買のパンは美味しいから。

 特に人気のパンはすぐに無くなる。授業が終わり次第、速攻でワゴンがある場所へ駆け抜けないと、自分が食べたいパンがすぐ消えてしまうのだ。


 さて、学食派はともかく2-Cの購買派は買い終えた後自分の教室に戻らず……日当たりのいい2-Aに向かう。

 残念ながらうちの教室には日差しが入ってこない。夏なら大歓迎かもしれないが……どうせなら誰だって日当たりのいい教室を好むだろう。


 では、教室に残っているのはどんな派閥か――そう、自炊派だ。


 親から、あるいは自分で作った弁当を広げ、少人数でグループを形成して食事を摂る。自炊派は既に持ってきてるのと、わざわざ移動するのがめんどくさいという理由で、3分の1以下となった教室内を広々と使う。この人数が少なくなった空気は、陰キャの僕にとっては心地よくて仕方ない。


 そして僕も自炊派。自分で作った簡単なサンドイッチを頬張りながらラノベを嗜むのが日常。紅茶もセットだと最高のランチタイムとなる。

 ちなみに冬樹は情報を集めやすいという訳がわからない理由で学食派だから、基本的に昼休みにはこっちに来ない。ので、いつも一人である。


 お昼の時間となり、バッグからサンドイッチを取り出す……のだが、今回ばかりは少し違う。


「……今日はここで食べていいか?」


 サンドイッチの入った弁当箱を手に持ち、更に数少ない……というか一人しかいないであろう第4勢力、無食派のあいかの元へと向かったのだ。


 僕が後ろから声をかけると――ぐるんっ。

 それまで静止していたあいかが、瞬時に僕の方へ振り返った。

 ……いや、その反応怖いな。今度からやめてもらおう。


「…………」

「……ダメか?」

「いえ、そんなことありません。どうぞ」


 ほっと一息。ここで拒絶されたら、計画が台無しだからな……。


 前の席の人の椅子を反転。確かこの席は……田辺くんだっけ? この時間帯は、貸してもらおう。


「……初めて」

「ん?」

「初めてです……陽太が放課後以外に話しかけてきてくれたのは」

「あー……」


 いや、朝も「おはよう」と挨拶はしてるんだけど……まあ、あれは会話のうちに入らないか。

 本当は休み時間にちょくちょく話しかけてもいいのだ。別に恥ずかしくもないしね。

 ただ……あいかと会話するなら放課後という謎の法則を続け、いつの間にかそれがルーティンとなってしまったわけである。


「とりあえず……紅茶飲む? ミルク」

「飲みます」

「――ティー、なんだ、けど……ああ、そう」


 反応、めっちゃ早っ。


 カップにミルクティーを二人分注ぐ。


「いただきます」


 あいかはそう言うと、淹れたミルクティーを口に含んだ。


 相変わらずの淡々とした表情、変わらぬトーン。いつも通り飲んでる時の姿勢も良い。


 そんな見慣れた姿だが……今日は何処か違うと感じた。

 なんというか……ご機嫌って感じ?


「……嬉しそうだね?」

「はい」


 やはり嬉しいらしい。


「陽太からこうして話しかけてきてくれるのは、滅多にないことなので」

「…………」


 なら、もうちょっと笑顔を見せたらどうだと思ったけど――まあ、いいか。

 嬉しいというのなら、好都合である。


「あ、あー……今日、お弁当作り過ぎちゃったナー……」


 なるべく棒読みにならないよう、弁当箱を広げた僕はしまったという顔を作る。

 ついでに「あちゃー」と額に手も当てておこう。これでどこからどう見ても、わざとらしく見えないはずだ。


「でも、食べないってのは流石にアレだからなー……どうしようかなー」


 と言いながら、チラリとあいかの表情を伺ってみる。

 ……相変わらずの無表情、無反応。これはどっちの判断だかイマイチわからないが……ここまで来たら、言ってしまえ!


「そ、そうだ。あいか、サンド」

「結構です」

「――イッチ、食べ……あ、あぁ、そっかぁ……」


 反応、めっちゃ早っ。

 さっきと同じような被せ返答に、僕の声はだんだんと萎んでいく。


 いや、さっきとは明らかに違うところがある――拒絶だ。


 さっきは快く受け入れてくれたものの……食べ物は拒否してきたのだ。


 ……何故だ?


「……あ、あいかってさ、なんかのアレルギーなのか? 卵とか、小麦とか」

「いえ、別にそういうわけじゃありません」

「そ、そっか……なら、僕の食べてもいいんだけど」

「いえ、結構です」

「……理由は?」


 ここまで拒否すると逆に気になってくる。いつもはあいかから質問してくるのだが……この時ばかりは、僕から質問していた。


 すると、彼女はとんでもないことを言い出したのだ。


「陽太に返す対価がありませんので」

「……え?」


 対……価……?


「えっと……対価って?」

「そのままの意味です。他人から食べ物をもらう場合、それなりの対価が必要です。でも、今の私はお金や食べ物なんてありません。ですから、いただけないんです」


 ――でも、紅茶は飲むじゃん。


 なんてツッコミしかけたが……慌てて口を紡ぐ。そんなこと言い出したら、今度から本当に飲まなくなるか、お金を払ってくるようになってしまいそうだったから。


 しかし……対価ねぇ。


「……あのな、あいか――」


 その考えは良くない。そう思って、彼女に説得しようと口を開いた――その時。


「あら、武藤くん」


 第3者からの声が聞こえた。

 聞き慣れない声に思わず振り替えると――そこには一人の女子。


 平均よりやや低めの身長と童顔。黒髪を肩まで伸ばし、くりっとした大きな瞳。髪飾りの小さな狐面のヘアピンをした女子である。


 えーっと……?


「サンドイッチ作りすぎちゃったの? そうだよねぇ、食べきれないとパンがパサパサになっちゃうもんねぇ」

「えっ、えっ?」

「でも、大丈夫。そのパサパサを復活する方法があるの」

「えっ、ちょっ」

「廿楽さん、ごめんね! ちょっと武藤くん借りる!」


 などと言い終わらない内に手を引かれ。

 わけもわからず、僕は謎の少女に手を引かれていったのであった。

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