廿楽あいかとの距離感 2/2話
何を言ってるのか、わからなかった。
やってあげるって……何を?
「ですから――こういうことです」
そう言うと――
………………いや、何故脱ぎ出す?
混乱する僕をよそに、続いてリボンを外し机の上に置き、第1ボタンを外した。
続いて第2ボタンを――
「ストップストップ、ストォーップ!」
――手にかけたところで、止めに入った。
机から身を乗り出して、ボタンを外そうとしていた廿楽の手を必死に掴む。
紳士らしくない止め方だなと自分でも思うが……そんな悠長なこと言ってる場合でもない。
ブラウス姿の廿楽がキョトンとしたように首をかしげる。
「はい、なんですか?」
「いや、なんですかじゃねえよ。なにしようとしてんの、お前」
「なにって……」
すると、さっきまで読んでいた(?)ラノベに目を落とした。
うん、僕にはわかる、なんとなくわかる。だって、廿楽の今の格好……どこか既視感あるんだもん。
「さっき見たイラストの子と同じ格好をしようとしてただけなのですが」
「あっはっは、やっぱりな! バーカバーカ! このバーカ!」
「いえ、私の成績は学年でも上位です」
「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ!」
このラノベに大きく載っていたイラストは――ブラウス一枚のみの格好という、何とも男子高校生の目には毒過ぎる姿である。
要するに、それと同じ格好をしようとしたのだ。
「ダメでしたか?」
「ダメに決まってんだろ! なに考えてるんだお前は!」
「武藤さんはこういう格好を好むのかと思って」
「なっ……ち、違うわっ! そうじゃなくて、場を
好みかどうかはおいといて。
「なるほど」
と、案外すんなりと受け入れてくれる。
「じゃあ――教室内ではこっち、ですね」
――なんてことはなかった。
急に立ち上がったと思いきや……隣の机の上に座り、上履きを片足脱いで椅子に持ち上げる。
いや、これもデジャヴだなおい。
「待て待て待て! 足を下ろせ!」
「? 何故ですか? 今度は場を弁えた方のポーズなのですが」
「同じことをしようとすること自体が間違ってるんだよ!」
ああ、やっぱりこいつにラノベを読ませるべきじゃなかった!
ちなみに彼女が行おうとしているのは足をかけて太ももを晒すシーン。若干ローアングル気味になっているイラストがなんとも威力を倍増している。あと見えそうで見えないというギリギリ加減が非常にいい。
マイナス×マイナスはプラスになると数学で習ったが……現実ではどうも違うらしい。
未知数の少女と未知数の世界を掛け合わせると混沌と化す――マイナスに拍車がかかるというわけだ。
「あのなあ……お前さ、他人の前で脱いで恥ずかしくないの?」
「? 武藤さんは友達です」
「いや、そういうのは友達同士でもするもんじゃないからね!?」
「でもこの本だと、ただのクラスメイトの関係でしてますが?」
……ラノベ特有のお決まり展開をこんなに恨んだ日は初めてだ。
「わかりません、武藤さんは何が不満なんですか?」
「いや、何もかもだね!?」
「私、これでもスタイルはいい方だと自負しているのですが」
「っ!」
……まあ、確かに。
ブラウス姿になっている今だから、非常にバランスのいい身体をしていることは目の前で証明されている――って、そうじゃないだろ僕! なにジロジロと彼女の身体を見てるんだ! 失礼だろ!
「……はあ。廿楽が僕と仲良くなりたいという気持ちはよくわかった。すごくよくわかったよ」
「はい」
「でもな――自分の身体は大事にしろ?」
本音だ。
そんな簡単に肌を晒すものじゃない。
別にこういうイラストは断然拒否というわけじゃないが――それを現実でやるのとは、話が違う。
「僕はお前とそういうことがしたくて友達になったわけじゃないんだ。だから……女性がそんな格好を安易にしようとしちゃダメだ」
「…………」
沈黙が訪れる。
やがて「わかりました」と、廿楽はボタンをつけ直し、リボンも締め直し始めた。
あ、危なかった……あんなんされたら、普通の男子は理性吹っ飛ぶぞ……僕が紳士で良かったな、まったく。
「……あの」
「うん?」
「すみませんでした」
気分を害したと思ったのだろうか。ペコリと綺麗な姿勢で廿楽は謝ってきた。
別に大したことじゃないし、そこまで怒ってないんだけど……やっぱりこいつ、真面目だよなあ。こんな素直に謝れる子、今時珍しい。
……ふぅ。ここは紳士らしく余裕をもって彼女に接しようじゃないか。
「ふっ……なんてことないさ。間違いを間違いと言うのは、友達として当然じゃないか――」
「じゃあこっちでどうでしょう」
「全然懲りてねえなお前」
前言撤回。即座にラノベに手を伸ばし、口絵を開いたこいつは何も学んでない。
「いえ、今度はポーズじゃないです」
「ん?」
トントンと。
廿楽が指差しているのはベッドに横たわり、ブラウス一枚姿で甘えた表情をしているヒロイン――ではなく、添えられた台詞。
『――ねぇ、
光輝とは主人公の名前である。
「えと……これがどうした?」
「名前」
「うん? 名前?」
「はい。私たちも名前で呼びあいたいです」
「――っ!」
名前……だと?
名前なら、名字も名前のうちに入るだろうと言いたいのだが――多分、廿楽が言いたいのはそういうことじゃないのだろう。
所謂、下の名前で呼び合いたいと。そういうことなのだ。
女子と下の名前で呼び合う。なんて……なんてハードルが高いことを要求してくるんだ、こいつは。
陽キャなら気軽に言えるのだろうが、陰の住人である僕には相当な難関だぞ……。
「いや、あのさ廿楽――」
「名前で呼びあうのは別に悪いことじゃないですよね? あと、私はあいかです」
「……そうじゃなくてだな、廿楽」
「…………」
「……あ、あれ? 廿楽?」
「…………」
必死に呼び掛けるも――廿楽はツンとわざとらしく明後日の方向へ顔を反らす。
む、無視ときたか……!
恐らく名前を呼ぶまで反応しないつもりだろう。こうなると、もうどうしようもない。
「……嫌、ですか?」
と。
ますます頭を抱える僕に――か細い声がかかる。
何も言わなくなってしまった僕に、廿楽はおそるおそるといった感じで僕の顔を覗き込んでいた。
その姿は――どこか、落ち込んでいるようにも見える。
「……はあ」
クールダウン――こういう時こそクールダウンだ僕。
そうだ、さっきのより随分マシじゃないか。ただ名前を呼びあうだけ。何をそんなに抵抗することがあるのだろう。
それに……彼女なりに考えたことでもある。それを無下にするのは――紳士じゃないな。
「別に嫌ってわけじゃねえよ、あい――」
「――っ」
「あ……あい、あいっ……!」
「……? いえ、あいじゃありません。私の名前はあいかです」
「あぁ、もう! そんなことはわかってるよ――あいかっ!!」
言った。
正直……正直、めちゃくちゃ恥ずかしいけど、勢いに任せてとうとう名前を言ったのだ。
廿楽の名前を。
「……はい、陽太」
「――っ!」
さっきより比較的柔らかい声。
そして僕の名前を呼ばれたことに――心臓が高鳴った。
下の名前で呼びあう仲なんて、今じゃ冬樹ぐらいしかいない。
しかも女の子となると――もっと数は少なくなる。
「……これで一歩。一歩、陽太に近づけましたか?」
「あ、あぁ。だいぶ大股な一歩だけどね」
僕からすれば、その一歩で富士山の跨げるくらいの大きさだ。
それでも――一歩。廿楽……あいかにとっては、大切な一歩なのだ。
そういえば今日、冬樹に「何か進展あったら話す」って言ったけど……これはちょっと話せないなぁ。次話す時、下の名前で呼んでたらビックリするだろうけど。
でもまあ、いきなり下の名前で呼び合うのはなんだか歯痒い気分だ。
だから――
「……あいか。紅茶、もう一杯飲む?」
「はい、いただきます陽太」
――だから、こうして紅茶の味で誤魔化しながら、呼び慣れることとしよう。
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