廿楽あいかはロボットなのか? 3/6話

「…………」

「…………」


 さて、困った。

 他己紹介の為に教室じゅうから話し声が聞こえる中、僕と廿楽の席だけ重い沈黙が続いている。


 いや、自分から誘っておいて無言でいるだなんて、そんな酷いことはしていない。むしろ積極的に話しかけたものである。


 ……のだが。


「廿楽さん、フルネームは?」

「はい、廿楽あいかです」

「趣味は?」

「特にないです」

「特技は?」

「特にないです」

「好きな科目は?」

「特にないです」

「……逆に嫌いな科目は?」

「特にないです」

「……きゅ、休日。休日は何かしてるとかあるかな? 本当に何でもいいんだけどな……?」

「? 特にないですが?」

「……そ、そっかぁ」

「はい」

「…………」

「…………」


 以上。

 約1分以内で会話が終了してしまい、以降無言が続いてる状態なのだ。


 ……クールダウン、こういう時こそクールダウンだ。今僕が手に入れた廿楽あいかの情報を整理しよう。



 名前は廿楽あいか。

 …………。

 ……………………。



 いや、名前以外の情報がないな!?


 他己紹介とは相手の良いところと、会話して感じ取ったものをプレゼンするもの。

 だが、僕が持ってる情報はフルネームのみ。良いところの情報がほぼ皆無なのだ。


 他に持ってるとすれば、五つの噂だけど……他己紹介には全く使えないしなぁ。


「な、なるほど……よくわかったよ」


 何一つわからないことがね。


「……じゃ、じゃあ次は廿楽さんの番ね」


 このままでは平行線なので、話題を変えてみる。

 すると、彼女は表情を変えないまま首をかしげた。


 …………………………いや、なんで首をかしげる?


「あの、私の番というのは?」

「へ?」

「私は何をすればいいのでしょうか?」

「……あ、あぁ、そういうことか。他己紹介だから、今度は廿楽さんが僕に質問する番って意味だよ」

「なるほど」


 大丈夫か、この子……?


 しかし立場が逆転すれば何か変わるかもしれない。僕が喋る側に回るということは、流れを作り出すのは僕になるということだ。もしかしたら、流れで新情報が掴めるかも。


「名前を教えてください」

「武藤陽太だよ」

「性別、年齢、誕生日を教えてください」

「え? えーと……見ての通り男で16歳、誕生日は1月22日だよ」

「出生体重、出身小学校、中学校、現在所属してる高校名を教えてください」

「いや、そこまで訊く必要なくない!? っていうか高校名は知ってるよね!?」

「そうですか」


 わざとボケてるのか? ……いや、素で訊いてるんだろうなこれ。


「趣味は?」

「読書だね。いや、最近読んだ本がなかなか面白くて――」

「特技は?」

「あっ……えと、速読と家事全般かな。料理は自炊してるんだけど、得意料理が――」

「好きな科目は?」

「……数学と現代文だね」

「なるほど」

「…………」

「…………」


 あっ、会話終了した。


 どれだけ話を広げようとしても、『訊きたいことはもうわかったから』のように次々と質問されてしまった。あれ、思ってたような展開じゃない……っていうかこれ、端から見れば『熱く語ろうとしたものの、熱すぎて相手にドン引きされるオタク』みたいな感じじゃないか! 断じてそんなんじゃないのに! そんなんじゃないのに!


 なんて心の中で叫んでいても廿楽本人には届かないし、今のままじゃどうしようもない。もう少し質問させてもらおう。


「つ、廿楽さん、好きな食べ物とかは?」

「? 特にないです」

「逆に嫌いな食べ物とか……」

「特にないです」

「じゃあ――苦手なことや人でもいいんだよー……?」

「っ――」


 あ、しまった……。


 今まで即答していた廿楽が初めて固まった瞬間――自分の失態に気がつく。


 そんなことだったら――既に知ってるのに。


「苦手な人はいません。苦手なモノは……水です」

「そ、そうなんだ……」


 知ってたじゃないか、彼女は水が苦手なことに。変に嫌なことを探ってどうするんだ。


「……武藤さんを困らせてしまっているようであるのならば、すみません」

「えっ?」


 自分が犯した失態に思わず口を閉じてしまい、沈黙が訪れる――と思いきや、意外にも廿楽から声をかけてきた。


 今まで僕から声をかけなければ、返答しなかったというのに……どういうことだろう。


 もしかして、今のはミスなんかじゃなくファインプレイだったのでは?


 ――なんて甘い幻想は、すぐに打ち砕かれた。


「私、人と話す機会が少ないから、恐らく武藤さんを困らせてます」

「い、いやいやそんなこと。別に気にしてない――」

「だって――私、ロボットですから。あなたもご存じでしょう?」

「――っ」


 ああ――どうしようもないミスをやってしまったんだ、僕は。


 なんで廿楽本人からこんなこと言わせなくちゃいけないんだ。


 そうだ、こんなこと考えなくてもわかるじゃないか。

 どうしてここまで有名だと言われている噂が――本人の耳に入ってないと思っていたんだ。


「…………」

「…………」


 重い沈黙が流れる。


 まさに自業自得。こんな雰囲気にさせてしまった自分を呪うしかないが……仕方ない。今の会話だけで他己紹介を進めるしかない。


 でも……これで廿楽あいかをどう紹介すればいいんだろう。


 僕は――彼女に何ができるのだろう。

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