廿楽あいかはロボットなのか? 2/6話

【第1条:人間に危害を加えてはならない】

【第2条:人間の命令に服従しなければならない】

【第3条:自分の身を守らなければならない】


 ――かの有名な『ロボット工学三原則』である。


 廿楽あいかを観察し始めてから5限目まで経過。

 今朝開けたばかりの真っ白いノートにまず書き込むことが学業ではなく、まさかロボット疑惑が出ている女子のことについてだとは考えもしなかった。

 1限目から彼女を観察し、記録。もちろん休み時間も、昼休みも。日課であるラノベでさえ読まずに。


 万年筆(100均)をくるくるさせながら、観察メモを見返す。

 結論から言うと……冬輝の言ってた噂は今のところ全て当たっている。


 まず一つ目、成績優秀という噂。これは直接確かめられることではなく、冬輝が(何故か)持っていた過去のテストの順位記録で確認するしかなかったが、確かに1年生の頃は常に5位以内をキープしていた。


 しかし……彼女の授業態度には度肝を抜いた。

 いや、素行が悪いとか居眠りをしてるというわけじゃない。むしろ背筋をピンと伸ばしていて、姿勢は良い。


 僕が度肝を抜いたのは……


 ずっと教師の話を訊いていて、机の上にあるのは教科書のみ。ノートは出してすらない。

 そりゃあ、一回目の授業だからノートを取るものなんて少ないのは僕にもわかるが……机の上にすら置いてないところを見ると、どうやら最初から取るつもりがないようだ。


 手書きでノートをとるということは記憶力向上にも繋がると何処かで聞いたことがあるが……彼女の場合、それすら必要なく全て記憶できるのだろうか。


 もしそうであるのならば……その記憶力は人間を越えていると言ってもいい。


 二つ目、基本的に無表情であるという噂。

 まだ観察を始めて初日なので、確定ではないが……休み時間中に顔をチラ見したところ、確かに彼女は一切表情を変えてなかった。

 ただ単に感情がないのか、それとも感情を顔に出しにくいのか……結論付けるのはまだ早い。


 三つ目、昼食を食べないという噂。

 これもまだ初日なので結論付けるのは早いが……今日は一切昼食を摂ってなかった。

 まぁ、これに関しては目撃者も多いことだろうから、ほぼ断言していいだろう。廿楽あいかは昼食を食べない。


 四つ目、席から動かないという噂。

 朝からずっと観察していたが……現在進行形で彼女は一切動いてない。

 次の授業になろうと、休み時間になろうと。彼女はじっと真正面を向いたまま、何もしなかった。


 そして五つ目、水が苦手という噂。これは確かめることなく、本人が言っていたのだから本当なのだろう。


 ちなみに……雨の日はどうしてたのだろうと、廿楽あいかと元クラスメイトの山田くんに訊いてみたところ。


「あぁ……彼女、毎日ビニール傘を持ち歩いてるから、普通に登校してたよ」


 とのことらしい。

 毎日ということは、晴れの日だろうがなんだろうが絶対に傘を持ち歩いてるという意味だ。絶対に雨に濡れたくないという意志を感じる。


 そんな中、山田くんの隣にいた派手な格好をした金髪女子――1年の時もクラスメイトだった牧野さんが睨み付けてきたことも覚えている。部活は確か女バレ。


「武藤くんさ、あの子と仲良くなりたいの?」


 なんて訊かれたが……うーん、『仲良く』か。


「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……少し気になって」


 別に仲良くなることが第一目標ではないので曖昧な返答をすると、牧野さんは「そうよね」と言いたげなホッとした表情を見せる。


「なら、良かった。もし、廿楽さんと仲良くなりたいのなら、警告しておこうかなって」

「警告……?」

「そ。……ってね」

「…………」


 やめておいた方がいい……か。

 どういう意味で僕に警告してきたのかわからないが、一応覚えておこう。


 以上のことから、冬輝の言ってた噂はほぼ正しいという結論に至ったのである。

 確かに、端から見れば奇怪な行動ばかり。『廿楽あいかはロボットなのではないか』と噂されるのも納得がいくだろう。


 ……あ、そうそう。ちなみに彼女が言い寄られていたという噂も本当なのだろう。

 そのくらい、彼女は可愛かった。


 別に街中でスカウトされそうだとは思えない。今注目されてる女優やアイドルを凌駕するわけでもない。

 しかし、なんとも言えぬミステリアスな雰囲気が彼女の存在を魅力的にしていたのだ。


 まるで――2次元からそのまま現実に引っ張り出したかのような。

 そんな魅力を感じる。


「――皆さん! 二人組は作れましたか!?」


 と。

 元気のいい女性の声で現実に引き戻される。


 6時限目はHRホームルーム。授業内容は……あぁ、確か他己紹介だっけ?


 しかし……うちの新しい担任も新米なのか、『二人組を作る』などという実に愚かな選択をしたものだ。本来、他己紹介というものはコミュニケーション能力を高めると同時に、相手のことを知る機会。それを二人組を生徒の意志で作らせるということは、初めから知人同士で他己紹介をするというもの。これでは本末転倒だ。

 そして何より、僕たちC組は男女合わせて31人。奇数になるということは、誰か一人余るという最悪な展開になるわけだ。


 もしここで『隣の席同士』という選択肢をとっていたら、確定で一番後ろの席の若山くんが一人余り、おそらく先生と組むことになるだろう。それは仕方ないことであり、誰もそこまで気にしない。


 しかし……生徒に決めさせるということは、『余り者を決めさせる』ということだ。

 この時の余り者はかなり傷つくだろう。最悪の場合、いじめに発展しかねない。


 ……なんて言ってるけど、かくいう僕自身がまだ誰とも組んでない。


 もしかして僕が余り者だったり? 泣いちゃうよ?


 ふとそんな不安がよぎったが、どうやらまだ余り者ではないようだ。僕と同じく、周囲をキョロキョロしてる男子が一人。あれは確か……中村くんだっけ。1年の時も同じクラスだった気がする。


 しかし、余ってるのは三人のはず。僕、中村くん、あと一人は……。


 ちらりと前の席を見る。

 いかにももう相手がいるという風に平然と座っているが……おそらくいないのだろう。ぼうっと黒板を見つめる廿楽あいかを発見。


 ……なるほど。つまり、この三人の誰かが余り者となるわけだ。


 僕が余り者になるか? いやいや、冗談じゃない。何が悲しくて自ら晒し者にならなきゃいけないんだ。


 ということは、僕からこの二人のどちらかに声をかけなくてはいけない。


 まず、廿楽と二人組になるとしたらどうだろう? 彼女に直接対話できれば、もっと詳しく情報を得られるかもしれない。

 そう、別に気になるだけ。ただ単に廿楽あいかがどんな人物か、知りたいだけ。別にいじめなんかじゃないし、何の問題もないさ。


 よし、と意気込んで席から立ち上がろうとする……が。


『やめておいた方がいいよ』

「――っ!」


 脳内に蘇る牧野さんの警告。


 ……落ち着け僕。クールダウン、こういう時こそクールダウンだ。冷静になれた者が常に最善手を掴める、と知ってるじゃないか。


 そう――これは廿楽あいかと組んだ時のメリット。今、その事しか考えてなかった。


 なら、デメリットは? ……簡単だ、考えるまでもない。

 廿楽あいかという人物は奇怪な行動をする生徒だという点である。


 そもそも彼女と会話が成立するのだろうか? 観察したのは今日だけだが、誰とも会話などしてなかった。あの噂が本当ならば……普段、誰とも会話してないのではないのだろうか。


 そんな子と僕が、はたして会話できるか?

 ……いや、無理だ。僕はコミュニケーション能力が低い。成立するわけがないのだ。


 それに、余った中村くんはどうなる? ……きっと傷つくだろう。二人組という方法を選んだ担任が悪いのだが、彼にちょっとした罪悪感が生まれてしまうだろう。

 僕の手で人を傷つけるだなんて、出来ればしたくない。


 と、椅子から立ち上がる音が後ろから聞こえた。

 きっと中村くんだろう。さっき見回した時に一瞬目が合ったから、僕も余っていることに気が付いたのだ。


 ……あぁ、やっぱりそれが一番の最善手なんだな。

 僕と中村くんが組み、廿楽あいかが余り者になる。そうなった場合、先生が彼女と組むこととなるはず。

 余り者になった廿楽だが……もう既に周りから浮いてる存在だし、彼女本人も対して気にしてないだろう。

 ほら、周りも『やっぱり』って顔をしてるじゃないか。彼女が余るってことがわかってたんだ。

 そう、この組み合わせこそ誰も傷つかない最善手なのだ。




 ――だから、僕は。



「廿楽さん、僕と組まない?」


 気がつけば席から立ち上がり、廿楽あいかへ声をかけていた。


 何故、僕が彼女に声をかけたのか? ……そんなの、僕自身ですらわからない。

 ただ……一人ぼっちの廿楽の後ろ姿を見ていたら、どうしても行かなくちゃいけないような気がしたのだ。


 スリープモードになっていたかのようにずっと黒板を見つめていた彼女がこちらを振り向く。

 切り間違えたのかと疑うような斜めカットの前髪と、アニメキャラにいそうな二つ結び。明らかに浮き出た髪型だというのに、彼女は組み合わせが恐ろしく似合っている。

 漆黒の大きな瞳が僕に向けられ、思わずドキリとしてしまう。


 廿楽あいかは二、三度瞬きをすると、小さく首を縦に振る。


「……はい」


 初めて聞いた彼女の消え入りそうなか細い声には、一切の感情がこもってなかった。




 ……ちなみに中村くんはこの世の終わりかのようなショックを受けながら、先生と組むことになっていた。……ごめん、中村くん。

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