第26話 たどり着けない寺
成年後見人という制度がある。
すごく大雑把に説明すると
身寄りのない、認知症や重い知的障碍の方の資産管理と意志決定などの支援を
社会福祉士や、司法書士、弁護士などの国家資格を持った専門家がするという
わりと最近できた制度である。
激務なのだが、友人の真中さん(仮名)という
社会福祉士の男性は、嬉々としてやっている。性に合っているらしい。
豊かな髪も黒々としていて、ストレスなど微塵も感じさせない
いつも爽やかな人だ。
そんな彼から聞いた話だ。
彼の担当している被後見人さんは大半が痴呆老人で
身寄りが亡くなった痴呆の方々は当然、様々な理由を抱えている。
不幸が積み重なった件もあれば
言い方は悪いが、完全に自業自得という件もあるのだ。
「良い言い方ではないですが、自業自得のタイプの方ですよ。今から話すのは」
真中さんは、難しい顔をして話し出した。
その被後見人さん(仮にAさんとする)は、九十近い老婆で
大きな年金も、家もあり、貯金もそれなりにある
若いころは水商売で生計を立ててきた女傑なのだが
結婚離婚を何度も繰り返し、子供が四人ほどいる。
そして父親がそれぞれ違うその子たちからは完全に縁を切られてしまい
独居老人になり、次第痴呆が入っていき
悪徳業者から色々と売りつけられていたところを
地域のそういう案件を担当する福祉関係者が助け出し
裁判所に成年後見を申請してきて、結果、真中さんが後見することになったのだが
現在は、多くの病を併発して医療センターにずっと入院中である。
「当然、様子を担当の方から聞いたり、お金の手配をしたりします。
それは私も、この仕事をしているとよくあることなので対応は心得ていますが
問題はその方が生前に予約していたお墓の方なんです」
真中さんはそして語りだした。
Aさんがその寺の墓地に新規で墓を造った後に
長年滞納していた管理料を手紙で請求された彼が
予約を入れ、当日にその山奥にある山寺を尋ねようとしたのだが
ちょうどその日は、がけ崩れで道が潰れていて通行できなかった。
お寺に連絡をして、一度帰って、道が直ってからまた後日ということになったが
次の予定日にも、真中さんに後見で外せない急用が入っていけなくなったり
またはお寺の方から法要があるので今日は難しいと
逆にキャンセルの連絡がきたりもあった。
そういう不思議なご縁のなさが続いた末に
結局、管理料は話し合いの末、口座引き落としにしてもらい解決したのだが
今に至るまでそのお寺には一度も近づいたことすらないそうだ。
「まるで、何者かがAさんをそこのお寺と関わらせたくないように感じてしまい
最後は気味が悪くなりました」
と真中さんは言った。
さらに話を聞くとどうやら、そのAさんの先祖の墓は別の墓地にあり
そこの寺に建てた墓は、新規でAさんが造ったものらしい。
「その方が、痴呆になる前に何を考えて
お墓を一族と離したのかわからないですけど……」
と真中さんは前置きしてから
「僕は……まるでその方のご先祖様がその中に入れないよう
必死に止めているような気がちょっとしたんですよ。
怖い話好き的にどうですか?」
そう自分は尋ねられて、何とも言えなかったが、一応何か返そうと
「その方が現世で孤独だったから
あの世では一族の方が、温かく一緒に向かえようとしているのかもしれませんね。
だから、お墓を分けるのをとめられているとか……」
それっぽく答えると
「……本当にそうでしょうか?
その方は痴呆にかかった後は、重病続きなんですよ。
驚異的な生命力でまだ生きておられますが
もしかするとご先祖から、お墓にすら入らせまいと
何らかの理由で激怒されているのかもしれませんよ?」
そう、いつも爽やかな真中さんが
ニヤリと笑って言ったのが不気味だった。
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