第23話 怪談バー

とうとう、うちの田舎県にも

怪談バーというものが来たので行ってみたときの話。

ちなみに数年前のことだ。


怪談バーと名はついているが

都会にあるような本格的なものではなく、数人の素人怪談師が

大トリの都心から呼ばれたプロ怪談師の前座で喋ると言ったイベント方式で

定員二百人ほどの中規模ライブハウスが興行としてやっていたものだ。

料金も高くなく、つまみや酒もそこそこだったが

友達三人と自分の男女四人で、パイプ椅子が並べられた席に座り

怪談を聞いて、休憩時間には酔っ払って気持ちよくなって雑談などをしていた。


たぶん、それは

某その筋では超有名なスター怪談師がトリで語り始める

一個前の人だったと思う。

ヨレヨレの作務衣を着た髪の毛が真っ白で白髭が伸び放題な老人が

ウイスキーの酒瓶を片手にフラフラとステージに上がってきて

「どもども、近松(仮名)と申します」

軽く右手を上げて挨拶して、ウイスキーを瓶のまま少し飲んだ。

隣にいた田中さん(仮名)が

「すげーの出て来たな……これは期待できる」

同じく酒臭い息で、自分に言ってくる。


老人はそれから十五分に及ぶ長い話をし始めた。

そのままここに書くと営業妨害になりそうなので、要点だけ約すと

百年に渡る、あるフランス人形と市松人形の

不思議な縁と、攻防というか呪い合いの話だった。

二行に約すと、駄作怪談にしか思えないがこれが

妙なリアリティと恐ろしさを持っていて引き込まれたまま

あっという間に十五分が過ぎ、老人は再び、ウイスキーに口をつけると

立ち上がろうとして

「あ、一つだけ、皆様に警告をしていきます。

 酒……んー酒が飲めない方は炭酸飲料などでも良いのですけど

 必ず、刺激のある飲み物を帰るまでに飲み込んでください。

 この話、なんというんですかなぜか、必ず、胃腸にくるんですよ。なので、

 酒などで予め、悪いものを洗い流しておいた方が良いです」

そう白髪を垂らした顔でニヤリと笑い、酒瓶を掲げると会釈して

ステージからヨロヨロと降りて行った。


田中さんはもう興奮した顔で

「すげーわ。すげーの居た!うちの街も捨てたもんじゃないな!」

酒臭い声でまくし立てている。

田中さんの隣の玉上さん(仮名)が

「俺、酒も炭酸もダメなんだけど……どうしよう」

と絶望的な声を出してきて、それに田中さんがウケて爆笑し始めた。

自分と、一緒に来ていた弥子さんに目を合わせると

「刺激物って言ってたでしょ?

 辛子でもワサビでも何でもいいんじゃない?」

「そうですね。近くに激辛カレー屋があるから買ってきましょうか?」

と言った自分の案が採用されて

長い休憩時間の間に、チェーン店のカレー屋で

スパイスたっぷりのカレーを持ち帰りで買ってきて

玉上さんに食べさせることにした。


涙目で激辛カレーを必死に食べている玉上さんを

田中さんがスマホで撮りまくり爆笑するというカオスな状態のまま

大トリの怪談師が登壇してきた。

弥子さんが注意してきて、田中さんは口を噤み

しかし、時折、まだカレーを食べている玉上さんをチラ見して

口を必死に抑えていた。


大トリの怪談師の話は、さすがプロだけあり

とてつもなく怖く、一時間ほどのステージングの緩急も完璧で

あっという間に話が終わった。

スーツを着た彼は話し終ると、マイクを口に近づけて

両手で素早く印のようなものを結びながら

何やら早口の呪文のようなものを唱えた。

「ひとつ前の方が、僕から見てもガチだったんで

 知り合いの陰陽道に精通している方から教えてもらった

 僕でも出来る簡単な呪詛払いを、皆様にかけておきました。

 もう大丈夫ですので、それでは、皆様のご安寧を願いまして」

呆気にとられた観客の目を気にすることもなく

プロ怪談師は深く一礼すると、ステージから降りて行った。

「……あれ、つまり、カレー要らなかった?」

自分がつい言ってしまうと

田中さんが爆笑し始めて

「そもそも、あるのかないのかわからん

 呪いみたいなもんを、信じたらダメだろ!

 信じた時点で、呪われたようなもんだよ!」

と自分や、玉上さんの肩をバシバシと叩き始めた。

弥子さんは呆れた顔で

「帰りましょうか」

と立ち上がった。


後日

田中さんだけ猛烈な下痢に襲われることになったのは

きっと天罰だと思う。

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