第9話 外階段とまとわりつく声

これも友人の田中(仮名)さんから聞いた話。


彼は市内の二階建てのボロアパートの二階に住んでいるのだが

外階段がすぐ近くにある角部屋なので

階段の上り下りの音で、二階の住人たちの出入りがよくわかるのだそうだ。


田中さんは土日休みの堅い仕事をしていて

若く体力があり、さらにインドア派なので、基本的に金曜と土曜の夜中は

深夜遅くまでゲーム機でオンラインゲームをしたり、

スマホ内に買いためた雑誌や漫画を読んだり

同時にタブレットでソシャゲを、アプリで入れた外部自動ソフトで周回させたり

時折、友人のラインに答えたり、電話を受けて通話したりと

パソコンで怪しげな書き物をしたり、ついでにエロサイトを見たりと

忙しなく自分の時間を楽しんでいるようだ。


そんな田中さんが、最近、外階段がおかしなことに気づいた。

いつものように土曜の午前四時まで部屋に籠って楽しんで

そろそろ寝ようかと、田中さんは布団に入ったのだそうだ。

すると、いつものようにカンカンと外階段を響かせて、ブーツの音が上ってきた。

田中さんは、二つ隣の水商売をしている鈴木さん(仮名)だなと思って

瞳を閉じた。そしてすぐに異変に気付く。

上ってくるブーツの音は一つなのだが、声が聞こえる。

「ボソ……ボソボソ……ボソ……」

と低い男の声での独り言が、

階段を上って、扉を開け、自分の部屋に入っていく鈴木さんに纏わりついている。

田中さんは、何となくおかしいなと思いつつも

眠気に勝てずに、その日はそのまま寝入ってしまった。


翌日、田中さんは、再び深夜の四時過ぎまで

部屋に籠っていつものように遊んで、寝ようと再び布団に入ると

また鈴木さんが外階段を上ってきた。

耳を澄ますまでもなく、やっぱりまた聞こえる。

「オマエガ……ボソボソ……イソイデ……」

などと声は少しクリアになっていた。

気持ち悪いなと田中さんは思いつつ、とにかく眠いので寝ることにした。


田中さんは勤めがあるので、基本的には日曜深夜からは夜更かしをしない。

早寝早起きで、朝と夜の筋トレも欠かさず、食べ物まで管理して

アルコールはほぼ飲まず

健康な生活をして、一週間の仕事を乗り切る。

そして、休みになると一転自堕落な生活をする

という変わった生活パターンなので、平日は当然深夜は寝ていて

鈴木さんの深夜の帰宅の音は聞こえていなかった。

そして次の週の土日である。


先週と同じように土曜の午前四時まで夜更かしてて

田中さんは眠りに就こうとしていた。

するとまた、外階段をカンカンカンとブーツが上がってきて

また異様な声が同時に聞こえてきた。


いや、声"たち"だった。


なんと今度はまるでハーモニーを奏でるかのように

いくつもの音色で移動する鈴木さんに纏わりつきながら

「ラー……アーアー……ラー……」

と機嫌よく混成で歌っていた。

不協和音も時折混ざった不気味なそのハミングは

まるで何かを達成したかのように聞こえて

さすがに田中さんはその異様さに飛び起きた。

そして鈴木さんが部屋に入るまで、自らの心臓の動悸も聞きながら

耳を澄ましていたが、不思議なもので、飛び起きてからは

纏わりつく声たちは消えて、聞こえなくなった。

田中さんは、動悸を沈めるために冷蔵庫からコーラと

会社の先輩から貰ったウイスキーを取り出して混ぜると

一気飲みして、しばらくタブレットでニュースサイトなどを見たのちに

何とか眠れたそうだ。


翌日、田中さんは昨日みたいなことが起きたら

今後の生活に本格的に響くと思い、いつもより早く寝ることにした。

土曜の二十四時頃に、布団を敷いて床に就くと

何やら外がうるさい。外階段を上ってくる靴の固い音が幾つも響いている。

何なんだよ一体と思いながら外に出てみると

警察車両が三台ほど、下の駐車場にランプを点灯させながら停まっていて

そして、二階の鈴木さんの部屋の扉が刑事や警察官から叩かれていた最中だった。

顔を出した田中さんに気付いた背広姿の若い刑事が

手帳を見せながら近づいてきて

「夜分申し訳ないんですけど、あの部屋に住む鈴木さん

 昨日見ましたか?」

「いえ、日中は見てないですけど……」

そう答えた田中さんは咄嗟に思い出して

「あ、そう言えば、昨日の朝四時ぐらいに、部屋で起きてたら

 上がってくる靴音が聞こえました」

というと、その若い刑事は微かに顔を顰めて

「そうですか……ご協力ありがとうございました」

と丁寧に言い、軽く頭を下げ、再び鈴木さんの部屋の扉をたたく集団に戻っていった。

田中さんは、気が気ではないが

関わりたくもないので、その夜は部屋の中でヘッドフォンをつけて

寝ることにした。


翌朝、起きると、昨日のことが嘘のように

警察車両は停まっておらず、いつものようなボロアパートの日常だった。

田中さんはしばらく唖然としたのちに

このことを忘れることにした。

後日、老齢の大家さんにそれとなく尋ねてみても

はぐらかされるばかりで、詳しくは聞かせてもらえなかった。

田中さんは話をこう結ぶ


「今でも、土日に夜更かしすると、寝る直前にたまにブーツの音と

 まとわりつく声のハミングが聞こえる……。

 ……というのは嘘だけどな」

大げさに笑った彼の表情に、何となく曇った陰があったのは

きっと気のせいだろうと自分は思うことにした。





という創作でした。

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