第7話 物真似
ある家で飼い犬が死んだ。
木造築五十年の古い家の主は年老いた老人で
妻に先立たれ、子供たちは独立してその犬が唯一の話し相手だった。
遺体を室内に何日も放置していたので、見かねた彼の娘が飼い主を連れて骨を焼きに行き
そしてペット葬の墓へと埋葬した。
保健所への死亡届も代わりに出してやった。
老人は犬の死を受け入れられぬまま、数々の奇行をするようになった。昼夜問わず近所の川へとペットの名を書いた紙をばらまき流し、そして、室内にも「◯◯◯戻ってこい」とメモ用紙に書いてピンで何百枚も留め続けた。
娘が二週間ぶりに実家へと帰ると、
家中そのペットの名が書かれたメモ用紙だらけだった。すぐに彼女はすべて剝がし、そして川へも行き、汚らしくそこら中に散乱している父親の書いた紙を片付けた。
寂しさに耐えられない父親を見かねた娘は
平日日中はデイケアに行くように手配して
そして、数日ごとに家の様子を見に変えることにした。
ある日中、仕事が休みだったので
実家に訪れて掃除をしていると、生まれ育った生家の異様な変化に娘は気づいた。
元々古い木造の家で家鳴りや軋みは酷かったが数か所の扉や窓を開けると「キャーン……」と犬の断末魔のように家が鳴るようになっていたのだ。まるで、飼い犬が出戻ってきたように。
少し、考えた後、娘は父親に許可を取り、捨てられずに残っていた飼い犬の水飲みコップや残っていた餌などを跡形もなく処分して
痕跡を家中から消した。さらにできるだけ家に日光を入れ、片付けも徹底した。
それでも、数か月ほど家は、犬の苦し気な鳴き声を上げ続けた。ようやく収まったのは、老人の悲しみが薄まり、奇行が減った直後だった。彼女は、この話を書いている自分に言った。
「古い家が意志を持ち、父親が愛犬を思い出して苦しむのを面白がって真似しているようで気味が悪かった」
彼女の実家は今でも、ごくたまに、まるで試すかの様に犬の断末魔に似た軋みをあげるらしい。
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